階段を降りる際はバリケードを守る男がこっちを見ていないことを確認しながら紫髪の女のもとへと急いだ。
紫髪の女とその付き添いは夜にも関わらず昼間と同じ場所にいた。
「なんであなた達はずっとここにいられるのよ」
「さあ、何故でしょうね」
あまりの理不尽な扱いの差に、私は思わず声を荒げて訴えた。
「私を試してるのはあなた達なの?!
見張りに見つかるだけで進行不能になるとか何考えているの!」
紫髪の女は無言で槍を出現させて石突を床につけた。その後は以前のように周囲の時間が止まった。
「メタなところをついてくるのはいつになるかと思いましたが、大声で怒り狂うほどとは」
「話を逸らさないで答えなさいよ!」
「結果から言うと、この世界で私とブリンクは部外者だから認識されていないのですよ」
そう話しながら紫髪の女は付き添いのこの肩をたたいた。話の流れからしてブリンクとは、付き添いの子のことだろうか。
「あなたのように別世界から飛ばされてきた方達は私達を認識できます。
実は身近にあなたと同じ異世界の方がいるのですよ」
「それなら、私があなた達と話している時って、外から見たら独り言にしかなっていないってこと?」
「そうですね」
わたしは紫髪の女と話している場面を思い起こした。今まで第三者には壁へ話しかけているように見えていたのかと想像したが、何の感情も抱かなかった。
そのためそうなのかとすぐに飲み込めた。
「周りの人は私に話しかけてくる。
・・・私はこの世界にとって部外者ではないと言うこと?」
「そうですよ。
最初は無造作に異世界から飛ばされてきているのかと思っていましたが、この世界に限っては法則があるようです。
その法則に、あなたも当てはまるということです」
「素直に答えなさい。あなた達はなんなの」
「私のことはつづりと呼んでください。
これでもあなたを見守る者です。
誤解を解くために言いますが、この世界で起きるあなたに対する理不尽や怪現象はこの世界の意思が行っていることです。
心が折れて自暴自棄になるのはこの世界の思う壺ですよ」
理不尽に対して抱いたこの感情は、この世界の思惑通りの結果ということ?
この世界に居続けることになったら、間違いなく狂ってしまう。
つづりならこの世界から助かる方法を知っているのか?
「この世界から抜け出せないの?」
「抜け出すことは不可能です。
でも、あなたなら助かる可能性があります。
そのためにも今は導きの光が求めるものを集めてください。
そうすれば、あなたがこの世界の標的となった理由もわかるでしょう」
「私は、何者なの?」
「教えたら失敗すると思うので教えません。
しっかり光を集め切ってください」
つづりは私のことを知っている。教えたら失敗するとは、何のことなのか。
考えているとブリンクから声をかけてきた。
「辛い世界だと思うけど、めげずに頑張って!」
励まされても、校長室への入り方がないのにどうすれと。
つづりは思いついたように話し始めた。
「そうだ。助っ人らしく助言をしましょう。
階段近くにいる老人へ話しかけてみてください。彼は協力してくれるはずですよ。
昼でも夜でも、どっちでも構いません」
私は話を聞いて呆れた表情をつづりへ向けていたと思う。
「このまま解放してあげたいですが、
あなたが大声上げたため監視役がすぐにでもこっちに飛んでくるでしょうね」
バリケードを守る男の方を見ると、時間が停止している今時点で驚いた顔でこっちを見ていた。
「昼夜を変えられる部屋に入ってください。
入ったことを確認した後に時間を元に戻します」
言うとおりにしないといけないことにどこか抵抗感がありつつも、私は昼夜を変えられる部屋へ行くしかなかった。
扉は開いた状態でそのまま入れたが、扉を閉めようと引っ張ってもびくともしなかった。
「時間が止まっているので動くはずがないですよ!
部屋の奥、見つからない場所へ待機してください!」
そうつづりから伝えられ、私は昼夜を変えられるベッドの陰へ隠れた。
隠れた後に周囲の時間は再び動き出し、バリケードを守る男は部屋の出入り口を確認した。
何も変化が起きていないと確認できたのか、困った顔をしながら元の場所へ戻っていった。
私はその後すぐにベッドへ寝転がり、世界を昼に変えた。
昼に変わったことは寝る前には聞こえてこなかった話し声が聞こえてきたことですぐにわかった。
部屋を出て階段方向に進むと、バリケードを守る男を見つけた。
男と目が合ったが、特に何かアクションを起こしてくることはなかった。夜の出来事で顔を覚えられたということはないようだ。
つづりに言われたとおり階段付近に座り込み続けている老人へ話しかけた。
「老人さん、校長室について何か知っていない?」
その話をしてまず先に反応したのはバリケードを守る男だった。
「お前、校長室に何の用がある?あそこはすでに」
「いや、このことは私が話すから良い。あんたらは気にするな」
老人はそう言ってダルそうにゆっくりと立ち上がった。
その後何も言わずに老人は屋上へ行ってしまった。
「変なことしようとするなよ」
そう言ってバリケードを守る男はバリケードの先を監視し始めた。
私は老人のところへ向かった。
老人は屋上から荒廃した街がよく見える金網フェンス近くに立っていた。
ずっと座りっぱなしだったにしては背中が伸びた状態で立っていて、老人にしては元気そうな印象を受けた。
老人の横に立って尋ねた。
「校長室への入り方を知っている?」
「知っているさ。
本題に入る前に教えて欲しい。警備室に入って何か見たか?」
私は警備室に入ってすぐに流れた映像のことを話すことにした。
「なんて読むのかわからない文字とともに、2人の女性が踊っている映像が流れたよ」
「ほう。
ってことは職員室にも入ったってことか。あの惨状も見たと」
「入ってすぐはただの汚い部屋だった。
惨状と言える様子に変わったのは、鍵の箱へ警備室の鍵を戻した後よ」
「そうか。今もあそこはオカルトな現象が起きるのか。
そこまで知ってかつ生きてそこにいるならば、つづりに言われた人物だろうな」
私はつづりの名前が老人からサラッと出たことに驚いた。
「あなたつづりのことを知っていたの?」
「知っているさ。俺のような異世界から来たやつはつづりと一度は会話してる」
驚いた。私以外にもこの世界へ迷い込んできた異世界人が本当に近くにいるなんて。
見ただけでわかるはずがないのに、つづりは見てすぐにわかるというの?
疑問が頭の中をぐるぐると回る中、やっと口に出せたのは次の言葉だった。
「あなたは、この世界の住人じゃないの?」
老人はこちらを見下ろしてきた。
「ちがうな。
俺はこの世界と似通った世界で電気技師をやっていた。んで副業として犯罪の仕事も請け負っていてな、電気を繋げたり切断したりとやりたい放題していた。
ヘマをして死んだらこの世界で目覚めたんだから、しばらく何が起きたのか理解できなかったさ」
老人が語り出してしまった。
校長室へ入る方法を教えてもらうだけでよかったのに。
「俺がここにいる間に異世界から来たという人物は大勢いた。多くの人は元の世界へ帰りたい一心で学校の外へ出ようと試みた。
だが、そのほとんどは帰ってこなかった。いい場所見つけて帰ってこないだけなのか、それとも。
まあ、多くは後者だろうさ。
そんな中で1人だけ、どう行ったか知らないが校長室から降りた先の1階から逃げて帰ってきた子が1人いた。職員室の怪奇現象を見てしまい、錯乱していたよ。
その子は今もここにいる。今は落ち着いているから、気が向いたら見つけてみるといい」
生還者がいたのか。降りた後どうなっているかわからないし、その子へ降りた先の情報を聞いてから向かうのが良いか。
考えを巡らせていると、老人は鍵を掌に乗せて渡してきた。
「俺はここから出ることは無理だと思ってる。
だがつづりから聞いた通り、あんたはなぜかあの化物の空間から生きて帰ってくる。
これを渡してもまた無事に帰ってくる。
そう思うからこれを渡す。
あの怪奇現象と似たことを言わせてもらうが、用が終わったら返してくれよ」
私は何も言わず鍵を取った。タグがついていて「校長室」と書かれていた。
「そうだ、その鍵で行ける先に機械室がある。
気が向くなら、そこから通信機を持ってきて欲しい。無事なものならどんな機種でもいい」
「そう…気が向いたらね」
私はこの後に一度つづりの元へ向かった。
その時にブリンクが話しかけてきた。
「おじさんから次の場所へ行く方法を教えてもらえた?」
「渡されたが正しい。
貴方は職員室から生き延びた人?」
「いや、つづりの付き人だよ」
「そう・・・」
ならばこのやりとりも周りからは独り言に見えているのか。
まあ気にすることではない。
「一つ忠告しておくと、あの老人の頼み事は聞いておいた方がいいですよ。
今後のためにね」
つづりは右手の人差し指を立てながらそう言った。
忠告してきたということは、ある意味やらないといけないということ。
光の玉集めで精一杯だというのに。
私は生還経験のある子についてつづりへ聞いた。
その人物は、階段近くの窓から外を見つめている子だという。
随分と近くにいたものだ。
生還経験のある子は私より背は高いものの、大人というよりも少女という印象を受けた。そして、なぜか生きている雰囲気が無いに等しい。心臓が動いているのかも怪しいくらい気配がない。
「貴方、校長室の下のことについて知っていることを教えて」
空気に話しているのかと思うくらい、誰かに声をかけたという感覚がない気がした。
少女はこちらを見た。
少女の目は虚ろで、窓の外へ向き直った後に話し出した。
「一階は化物たちの往来が激しい。特に階段付近は。
古参じいさんの頼みを叶えたいならその階段を横切る必要がある。夜に行ったけど、それでも一匹は必ず階段近くにいる。
隠れ場なんてないのに、あいつらは視界に入った私を視認できていなかった。夜だと極端に視力が悪くなってるんじゃないかな。その分音には敏感かもね、知らないけど」
「職員室の怪奇現象を見て逃げてきたっていうけど、一階にはバリケードがあったはず」
「校長室側から見て左側は人1人通れる。捲れる板になっているだけだから私でも逃げられた。あいつらは何故か通れないと思ってるけど。
困ったら使ってみたら?」
「ありがとう。参考になった」
「隠す必要がないから伝えただけ。
どうせ終わるだけの世界で、意味があることか知らないけど」
話はそこで終わらせた。
私は世界を夜に変えて、隣の校舎にある校長室前まで向かった。
校長室の鍵を開けて中に入ると、床に人力でこじ開けられたであろう穴があり、そこには下へ降りるための梯子がかかっていた。
私はそれを使って降りた。
降りた先は荒れた教室で、窓にはとたんが打ち付けられていて外は見えなかった。
とはいえ、隙間から月明かりは差し込んでいた。
扉の隙間から廊下の様子を伺うと、2体ほど化物が廊下を彷徨いていた。
私は床に落ちていた手のひらサイズの石ころを片手に、音を立てないようゆっくりと扉を開けた。
音に反応するのが事実ならば、この石を投げて階段から遠ざけられる。
もし情報と違って視力も働いているならば、扉を開けた瞬間に終わりを迎えるだろう。
音を立てないよう、ゆっくりと扉を開けた。
開けた先ではちょうど化物が目の前を横切った。
心の中では焦りがあったものの、心臓の鼓動まで止めたい思いで音を立てないよう頭の中で意識し続けた。
心臓の鼓動までは察知できないのか、こちらに気づくことなく進行方向へ去っていった。
どうやら視力が良くないのは本当らしい。
次に手に持った石を、階段がある方とは反対側の廊下へ勢いよく投げた。その後はすぐに扉の裏に隠れた。
石は金属音を立てた後に床へ落ちた。
廊下にいた化物たちは音が発せられた方向へ急いで走っていった。
足音は2体ではなく3体分聞こえた。
見えないところにもう一体いたらしい。
「イナイ、イナイ…」
そう呟く声が聞こえた後、私は音を立てないよう廊下に出て階段がある方向へ急いだ。
階段付近にはほとんど灯りになるものがなく、微かに漏れる月明かりのおかげで階段付近を抜けられたことは分かった。
ここからが困ったことに、どこが目的の部屋であるのかがわからない。
奥には闇が広がっていて、いったい幾つの部屋が待ち構えているのかわからない。
次の目的地は端の部屋というだけで、間に幾つの部屋があるのかは不明だ。
この廊下に居続けてもいずれは化物に見つかってしまうので、近くにある部屋へ入ることにした。
暗闇に少し慣れた目でやったの思いに引き戸を見つけ、静かに部屋の中へ入った。
部屋の中には本棚が並んでいた。
床には引き摺られたような跡が残っていて、化物が立ち入った痕跡が残っている。
あの廊下をひたすら端まで進むというのが短絡的だがシンプルな考えだ。
とはいえ奥が視認できないほどの闇であることが引っかかっている。さすがに2、3部屋程度であれば置くくらい見えるものではないか。
本当にあの廊下は信用して良いのか、私の勘がよく考えるよう促している。
この建物の見取り図はないか部屋を歩いていると、血が滲み出ている掃除用具入れを見つけた。
音をなるべく立てたくない状況で中を確認しようとは思わなかった。
その掃除用具入れを過ぎたタイミングで、目の前に本棚が倒れてきた。
大きな音が出て、廊下から化物たちが集まってくる音が聞こえた。
隠れないと…
そう思って周囲を見て隠れられそうなのは不気味な掃除用具入れと本棚の下にあるわずかな隙間。
私は咄嗟に掃除用具入れの中へ隠れた。
掃除用具入れの中は先客がいるというわけでもなく、底に血溜まりがあるくらいだった。
しかしまだ液状だった。
部屋の扉を開ける音がして、化物の足音が近づいてくる。
その足音は、掃除用具入れの前で止まった。
そして化物から声が聞こえた。
「まあそこに隠れるよね。
ワタシモオナジコトカンガエタ」
そう言って化物は掃除用具入れを開き、私の首を掴んで持ち上げた。
その後は私の足首を掴み、首から手を離すと私を床に何度も叩きつけた。
頭から叩きつけるようにしているのか、頭に何度も衝撃が走り、意識が飛んだ後は私の死体を第三者視点で見ているような視点になった。
化物は私の割れた頭蓋骨から脳を拾い上げて食べていた。
一通り平らげるとその化物から私の声が聞こえた。
「助けて、タスケテ…」
私は、化物達が食べた者の声を真似ることができるのを目撃した。
やつらは、食った人間の声をまねることができるのか。
しばらくすると頭痛が襲い、気がつくとつづりの前に戻ってきていた。
ここからか。
私は心の中でそう呟き、再び本棚のある部屋前まで進んだ。
本棚の部屋はトラップだと思い、試しに深淵へ続きそうな廊下を進むことにした。
…
……
………
おかしい。
いくら進んでも景色が変わらない。
背後を見ると背後も深淵へ続くほどの闇に包まれていた。
この建物には怪奇現象は起きると聞いていたが、ここもその類なのだろうか。
助言してくれた光も現れることがない。
私は暗闇の部屋の中で何もできず自殺した時を思い出した。
あれと同じ結末になってしまうのか。
ほぼ諦めた気持ちになりながら奥へと進んでいくことにした。
奥に進むにつれて私の視界や数位の風景にノイズが走るようになっていった。
時間が経つとさらにひどくなり、周囲の風景はガラスが割れたかのようにバラバラになり始めた。
私の手を見るとノイズと共に部分的に黒塗りになったり、指が一部消えたり元に戻ったりを繰り返している。
私の頭もぼーっとし始め、私が何をしようとしていたのかも忘れようとしていた。
それでも進もうとする私に誰かが声をかけてきた。
「そんな危ない場所に飛び込むなんて、消えたくなければ私の名前を叫んでください」
私はかろうじて覚えていた人物の名前を叫んだ。
「つづり!」
その瞬間、周囲には黄緑色の四角形が円になって私を包み込み、気がつくと目の前につづりがいるいつもの廊下に戻っていた。
つづりの手には槍が握られていた。
「私の声は理解できますか?」
つづりからそう聞かれ、私はうなづいた。
「あなたはあの空間から二度と戻ってくることができなくなるところだったのですよ。
自分が今何をしようとしているか思い出せますか?」
「光が見せた光景の場所へ行くのと、老人から頼まれた通信機を取りに行くこと」
「記憶の欠落は起きていないようですね。
それは良かった」
記憶の欠落は最初の頃からあることだけど、とにかく次の目的地は思い出せるようになったのだということは分かった。
あの空間のことが気になり、つづりへ聞いてみた。
「私が立ち入ったあの空間はなんだったの?」
「あそこはバグ空間。
あのままだったらあなたのデータが壊れて修復不可能になるところでしたよ」
「バグ?データ?」
「この世界が崩壊し始めているのです。
あの廊下の空間はすでに壊れてしまっていて、そこに踏み込んだものも壊れてしまう。
そう思ってくれていれば良いです」
世界の崩壊という穏やかではない話が出てきた。
この世界に留まり続けたとしても、私の存在は壊されてしまうのだろう。
時間が限られていることは分かったが、あの本棚がある部屋をどう切り抜けたらいいか。
Back page→ 1-4
list:トップページ
Next page→ 1-6