次元縁書ソラノメモリー 1-6 まったく、お前はどこからきたんだ?

CPU計画』

原子と分子の衝突エネルギーが利用され始めてかなりの時が過ぎ、技術の発展は飛躍し続けた。しかし、肝心の保有者が飛躍せずに技術だけが先に行き過ぎた。

それがこの世界の惨状だ。

この計画は逃げる行為に値する。

隠密行動でしか行動が行えないため、参加者はこの世界にはいない存在として今までの全てを捨ててもらう。

各々の存続のため、この代償を容認できるものは国連重要管理区「日本」へ集まるように。

 

別次元から来た死体が所有していたものの1つだ。この世界の人と思われる単語がいくつも見て取れたけど、「日本」という単語はこの世界に存在しないし私も知らない。

次にソラさんはカバンから本のようなものを取り出した。

ソラさんの左隣から覗き込むと、どうやらこの死体の日記のようだ。

計画参加はいいものの、到着先の実験でよくわからない場所へ来てしまった。

ここは今までいた場所とは違うようだが一体何が起きたんだか

外の様子から察するにここは今までいた世界とは別の世界ということだ。

詰んだ

日記を書く気力があるだけまだいい。食料はかろうじてもといた世界と似ていた。ほぼ同じといって間違いない。

それにしても外の光景、まるで今までいた世界の末路のようだ

最悪だ。外の白いものは雪じゃなく灰のようだ。これは触れるとヤバイとわかる

あの地獄の光景を思い出してしまい、最悪だ。

人を確認したが、いや人ではないな

あの生命体は灰で狂ったやつだ

生き残れてもああフラフラするならアンデットと変わりない。やはりあの計画自体は間違ってなどいなかった。

せめて、実験の過程でこうなって欲しくはなかったが

銃声がした

どうやらキチガイが今までこの建物にいたようだ

だいぶ下だがいずれ見つかるだろう

逃げ道はない

今まで身につけてきたゲリラ的戦い方で通用するか?

日に日に迫る銃声

音はハンドガンだが玉数に制限がなく感じる。

この世界の銃はどういう仕組みなんだ

薬莢が出る様子もない

下から逃げてきた人と出会った

犯人は殺すことを楽しんでいるらしい

極限状態だと人も獣へと戻るのか

逃げてきた人と距離をおき、1人で行動している。逃げてきた人物ほど怖いものはない。それで親友を失っているからね

彼女には悪いが

犯行人物がこの階にきた

気づかずに去っていったが、今度は降りてくる。もう銃声は聞こえないだろうから常に気を配らなければ

 

日記はこのページで終わっていた。日記のページ数を見るに10間はまともに生きていた様子がうかがえる。

この日以降の日記は記載されていないけど、死体の腐敗度からしてかなり時間が経過している。

そう考えを巡らせているとソラさんは日記と紙切れを持ったまま死体の前でしゃがみこんだ。

「まったく、お前はどこからきたんだ?」

私にはわかる。この人とこの次元のつながりは全くない。さらにいうとこれと別世界とのつながりも感じられない。因果から外されてしまったかのようだ。

各建物で日記のような惨状が続いていたのであれば、この灰に囲まれた世界にもう生物はいないだろう。

この終わった世界はそのうち静かに消滅して行くのだろう。ここまできたら今まで積み上げられたものもただの塵芥に過ぎない

でもこの人は記録してしまうのだろう。ソラさんはそんな人だ。

消えそうな世界も見捨てず記録として残す。それがこの活動の目的だからね。

「つづりん、これのつながりは見える?」

ソラさんが手前に突き出してきたものはCPU計画と書かれた紙切れだった。

「どうもこれが臭いと思うんだよね」

「焦げ臭いのはそこらへんのせいでは?」

「そうきたか」

乗ってみたがイマイチだったか。

「なんであなたたち余裕なのよ」

ブリンクは苦笑いしていた。声のトーンから察するに、だいぶ心の余裕はできたってとこかな。

「まあこの計画が書かれた紙からは因果の糸がいくつか見えるよ」

この資料をもとに様々な次元を訪れればもとのありかがわかるかも

「この書物の処遇は後回しにしようかな」

そう言ってソラさんは資料をカバンにしまった。

ファミニアで使用されているバッグは腰に固定する手のひらサイズであり、軽い。

でもしまうことができる量はサイズに見合わないほど多く収納できる。

製作者たちによると、4畳分の高さ2メートルある部屋に収まるくらいの大きさと量であればいくらでも仕舞い込めるらしい。

やったことないからわからないけど。

頭で思い浮かべればしまったものをすぐに取り出せるので構わず仕舞い込んでもまったく問題がない。

「さて、ここでは調べないといけないことがありそうだね」

「と言うと?」

私が問いかけるとソラさんはしばらく外を見た。

そして、外を見ながら答えた。

「この灰についてと、灰の中生きてた生命体についてね」

外を見ると、そこから見えたのは灰を踏み潰した複数の足跡だった。

 

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次元縁書ソラノメモリー 1-5 まあ、いろんな場所に行ってますからな

 元の世界へ戻れるかの保証はありません。

 実は次元渡りも万能ではないのです。安全装置として元の世界へ戻るためにはカナデとアルの応答がなければならないという仕組みにしてあります。

 着地狩りという戦法はご存知でしょうか?
どううまく立ち回ろうとも、一度飛び上がってしまったら重力下の中では必ず地面に体の一部がついてしまうという概念がほとんどの次元に存在します。
そんな仕組みを利用して着地の瞬間に攻撃を加えるのが着地狩り。

攻撃を受ける側はあまりにも無防備で、ごく一部の超能力者を除けばもれなく受けてしまうという恐ろしい攻撃方法です。

カナデとアルが応答しなければ帰れないという安全装置は、二人の安全確認を兼ねていると同時に、私たちの変える場所で着地狩りを受けないためにあるのです。

 今回は向こうとの通信が途絶え、安全装置によって逆に苦しめられるという状態だから正直焦っています。
万能な安全装置なんてそうそう存在しないものですね。

 なんとかなるなるというゆるい考えで正気を保ちつつ、今行っているのは情報集め。この世界の案内人を連れることに成功したものの、実は名前を聞いていませんでした。

「ねえ、あなたの名前教えてくれる?」

 この世界にいた女の子は少し悩んでいる様子でした。まだ疑っているのか、別の問題でもあるのか。

一呼吸置いて彼女は答えます。

「ブリンク。しばらくはこう呼んでもらいたいな」

本名ではないとの断言は出来ないかな。世界によって名前の法則も意味も違うし。

「じゃあブリンク、確認したいけどこの建物ってもう調べ尽くしてあるの?」

「私がこの世界に来てずっといた場所だからね。生きてる人も、食べ物もないかな」

「んじゃ、向こうのビルにでも行こうか」

 つづりんが槍を手に取りながら向かい側に見えるビルを目指しました

「待って!私が危ないって言ったこともう忘れたの?」

 ブリンクは慌てているけど、まあ無理もないか。

「大丈夫だよ、この灰に触れることはないからさ」

 縁結の矛に沿って黄緑色の輪が矛先へと近づいていき、その輪が向かいのビルの床へと撃ち出されます。

輪が床へ命中するとその場が黄緑色に輝き、つづりんとわたし、ブリンクの足元も輝きます。

「え、なになに!?」

 ブリンクが驚いてあたふたしているうちにわたしたちは向かえにあるビルの床の上にいました。

「うそ、空間移動だなんて、お母さんも苦労して手に入れるのが叶わなかったのに」

 空間移動の概念を知っているということは、かなり技術か知識が発展した世界にいたのかな。

 「すごいでしょ、これで目に見える限りの建物へは灰に触れず移動ができるよ!」

 つづりんが得意げに話していると、ブリンクのお腹の虫が鳴きました。

「さっきの言い方だと食べ物に困っている感じだよね」

「そ、そうだね。あの建物にあった食べ物は食べつくしたに等しかったからしばらく何も食べてなかった」

頬を赤く染めてしまったブリンクへ私は朝の騒動で大量に残ったおにぎりをブリンクに渡します。

「ソラさん、持ってきてたんだね」

「あのままあっても消えるだけでしょ」

私の掌の上にある竹の葉にくるんであったおにぎりをブリンクは素早く掴み、そのまま2個をペロッと食べてしまいました。

「なにこれ?!これ本当におにぎり?!具も入っていないのに美味しいんだけど!」

おにぎり知ってるんだ。ほんと、どの世界にもおにぎりって存在しているんだなぁ。

ブリンクはおにぎりを食べ終わってから一呼吸置くと、別人のように元気になっていました。

「いや〜元気でたわ。ありがとう!」

ブリンクは軽快な足取りでビルの階段へと向かっていきました。

「ほら、早いとここのビルを制覇しちゃおうよ!」

感情エネルギーは人を変えるんだなと思った瞬間でした。まあ、あれが素の彼女だろうけど。

この世界の建物は安全地帯であると同時に生き延びようと容赦のない人が身を潜めるデンジャーゾーンでもあります。
戦いを知らなかったこの世界に身を潜めるための地下施設という概念はなく、地下にはライフラインと言える電気と水だけが駆け巡っています。

そのため、非常食というものを備える習慣もありません。

この世界に残る食料は、建物に備え付けてある小規模な保存庫にしかありません。
中身によっては10日くらいなら余裕で生きていけるらしいです。それ故に保存庫の前を陣取る人も多いです。

「じゃあブリンクは何日この世界にいたかもわからずに、ずっとあのビルの中にいたってこと?」

私たちは安全が確認できた2階を調べながらこれまでのブリンクの過ごし方を聞いていました。

「何日って言われても、この世界は昼夜が切り替わる様子がないうえに、周囲の変化もほとんどないから確認のしようがなかったんだよ」

「本当に私たちが知っていたころの世界からは大きく変わっちゃったんだね」

するとブリンクがとても不思議な顔をしました。

「本当のって、本当にあなたたちは何なのさ」

「特に何者でもないよ。ちょっと変わったことができるだけ」

「一般人から見たらちょっとじゃないんだけど」

 

何事もなく4階へたどり着くとブリンクは踊り場で私たちへ止まるよう合図を出しました。
彼女が指差す先には銃弾の跡があり、まだ少しだけ腐肉が残った人だったものがいました。

ブリンクが銃を構えて慎重に銃弾が放たれたであろう部屋の中を探索し始めました。

人だったものは右の大腿骨と左中心寄りの肋骨に銃弾の跡がありました

銃弾に限りあるこの世界で脳を狙わないのは意外です。この人だったものにした人物は、あまり命を奪うことに慣れていない人かもしれないです。
心臓を撃ち抜いても、しばらく意識があって一矢報いられる可能性がありますから。

「大丈夫だよ」

ブリンクが声を出して呼んだということは完全に警戒モードを解いた様子。

「死体を見ても動じないということは、2人もこう言った状況には慣れっこってことかな?」

「まあ、いろんな場所に行ってますからな」

つづりんはにへらっとした顔で答えました。

「この部屋にも人だったものが転がっているね」

私の目に止まったのは唯一頭蓋骨が貫通された人だったもの。
その迎えには心臓をダイレクトに撃ち抜かれたであろうものがいました
この頭蓋骨を撃ち抜かれたものがあの踊り場のものをやったのかな。見事に一矢報いられちゃって。

「ソラさん、こいつだけおかしい」

「ん?人の殺し方をこいつだけ知らないってことが」

「どこからそんな考えが浮かぶのさ。この死体、この世界の人じゃないよ」

ブリンクが驚いた顔をしている中、わたしはそばにあったバッグを漁りました。
その中にあった紙切れは、この世界のものではないと同時に、とても重要なものだでした。

 

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次元縁書ソラノメモリー 1-4「まずはあなたを信じるのが大事でしょ」

この世界に来てどれほど経っただろう。
見渡しても建物だった瓦礫の山と高くそびえたつ石の塊となったビル。
そして、絶対に触れてはいけない白い灰が降り続いている。
ここに来てしまった方法もわからず、戻る方法もわからない。

いきなり目の前で目の前の光景がガラスが割れたように割れて、まぶしい紫の色にびっくりして目を閉じていたら、いつの間にかここにいた。

人は数人見かけたけれど、まともに会話できた人はいなかった。みんな必死で、私も必死だったから。

どうすることもできず、どのみち朽ちることしかできないというのに、生存本能が邪魔をして生きようとしてしまう。
その結果握ってしまったこの拳銃ですでに何体もの命を奪っている。
彼らも必死だったんだろうが、私には関係ない。生きるために必要だったんだから。
こうしてまたお腹がすくまで瓦礫の隅でうずくまるしかない。

「いたっ!」

「って、なによ、これ・・・」

人の声がいきなりして驚いた。
そもそもまともに言葉を発する人自体が久々だった。
いつからかは知らないけど瓦礫の向こう側にいる。

「もしかして飛ぶ場所間違えた?」

「不干渉次元がおかしかったから、変な場所につながっちゃったのかも」

「そんなことある?」

2人いると思われる会話から察するに、きっとこの世界の人ではない。私以外にも紛れ込んじゃう人がいるなんて。

「あるとの交信も途絶えちゃったし困ったなぁ」

「まあ調べるだけ調べてみようよ」

足音が近づいてくる。いざとなったらこの銃で。
でも2人の足音はそのまま外へと向かっている様子だ。どうしよう、このままじゃ2人とも死んじゃう!
忘れてしまったと思っていた良心が咄嗟に反応し、私は銃を握って瓦礫から身を晒した。

「動かないで!」

2人は驚いてこちらを向き、外へ出ることはなかった。

「死にたくなかったらさっきまでいた場所に戻って」

2人が現れたのはこの建物の中心付近。間違っても灰に触れることはない。
1人は怖がった顔で指示に従ってくれたけど、もう1人は表情を変えずにこっちを見ながら指示に従った。まるで銃に慣れているかのようだった。
2人のうちの1人、紫髪の子がまず話しはじめた。

「私たち、この世界のことがよくわからないんだよね。あなたはこの世界の住人なの?」

もしこの世界の住人ならば、何を言っているのかと疑問に思う問いかけだ。でも、私はその質問の意味を知っている。
私は立場を上に見せるため、銃を下ろさずに問いかけに答える。

「いいえ、私はこの世界の住人じゃない。きっとあなたたちもそうなんでしょ?」

「そうなんだ。よかったらこの世界に起きていることを教えてくれない?」

「いや、まずはお互いのことを知るべきだと思う。警戒されたままだとお互いに疲れちゃうよ」

背の小さい子は対等な立場で話したいらしい。

「ごめんなさい、この世界に来てから人間不信になってしまったの。そう簡単に私のことを話す気はないよ」

「そう・・・」

背の小さい子が私の方へ歩いてきた。何を考えているの?

「止まりなさい!私は躊躇しないわよ!」

彼女は歩みを止めず、ついにその額を私の握る銃につけた。

「ソラさん!」

「ちょっと、何を考えて・・・」

ソラというらしい少女は何の躊躇いもなく私に目を合わせて話しはじめた。

「初めまして。私はソラっていうの。
あっちの子が結月つづり。
私たちは訳あってこの世界に今まで来ていたの。
でも不思議なことに世界が一変。辺りが終わった世界のようになっていて驚いているの」

こっちが驚いているよ。
不思議と、私は引き金を引けなくなっていた。
この世界に来て何度も引いてきたはずなのに私の人差し指は動こうとしない。

「私、落ち着いて一緒に話がしたいな」

「・・・」

「だから、銃を下ろして」

私の頭は混乱していた。
イレギュラー、予測不能なことだらけのことを処理できずに私はとうとう膝を折り、うなだれてしまった。

「大丈夫?!」

結月つづりという女の子が慌てて駆け寄り、私を支えてくれた。
この世界に来て久々に味わったこの感覚。懐かしくて目尻が熱くなってしまった。

「ね、ねぇ・・・」

私は顔をあげて答えた。

「ごめん、何もかもが久々で、びっくりしただけだから」

「ならよかった」

結月つづりは振り返ってソラという少女と話しはじめた。

「ソラさんは無理しすぎだよ。何も銃口を額につけなくても」

「まあ心検査するには一番手っ取り早いし。でも撃たれたらどうしようってヒヤヒヤしていたよ」

「やっぱりしてたのね」

「でも信じていたから、この人は絶対撃たないって」

「なんで、初対面の人を信じれるのさ。ただでさえこんな感じの世界なのに」

私の言葉にソラという少女とつづりという人は顔を見合わせてそのあとそろってにっこりと笑い、ソラという人が答えた。

「だって、私たちを信じてほしいなら、まずはあなたを信じるのが大事でしょ」

知らない世界へ飛ばされた私は、元の世界に戻れないという理由でどこか荒んでいたのかもしれない。

でも、いま目の前には元の世界に戻れる可能性がある。
私はこの時、この人たちに賭けてみようと思った。目の前に現れた、微かな希望なんだから。

「なら・・・」

私が口を開くとつづりとソラがこちらを見てきた。

「なら、私も信じてみようかな、あなたたちを」

「もちろんだよ!よろしくね!」

手を差し伸べてきたつづりと手を結び、私は彼女たちと行動するようになった。

 

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次元縁書ソラノメモリー 1-3「なにがどうなっているのさ!」 

情報屋から戻ってくると、つづりさんとソラは以前行った世界について話していました。
ボクたちindementionは4人の力を合わせて多次元へ飛んではその世界の情報を多次元目録へまとめています。

つづりさんの力は繋がる力。その力は人とのつながりを見ることができるだけでなく、別次元とのつながりも観測でき、そこへ移動できるというすごい能力です。でもこれには欠点があり、つながってもいつのどこに到達するのかが不安定であり、元の多次元へ戻る方法も確立されていませんでした。

ファミニアの人々にはなにかしらの能力が備わっていますが、そのどれもが不完全であり、完全であればあるほど不足する点が浮き彫りとなります。
つづりさんの場合は、別世界ともつながることができるという強大な力を持っているけど制御は完全ではないという状態です。


不完全な繋がる力を補うために使用されるのが、つづりさん用に作られた武器『縁結の矛』です。縁結の矛は始点と終点を指定することで元いた次元と移動先の次元を見失ってしまう欠点を補っています。これはソラの記憶する力を縁結の矛と連携できるようにしているからであり、始点と終点を結んでいるのはつづりさんの力。


また、つづりさんが行えない移動先の座標と時間指定はボクが作ったヘアピンとカナデさんが使用できる集音の力で調整を行っています。
ヘアピンでは周囲の画像情報を収集し、ヘアピンを通しての会話も別次元通しで可能となっています。このヘアピンで音を収集し、音を記録できないソラのため、カナデさんが音を記録できる形に変換してくれるのです。
ヘアピンは集めた音情報を記録するため以外にも、周囲の状況を大まかに知ることができる材料にもなっています。とんだ先が空中なのか、水中なのか、はたまた地中なのか。
これで判断を行い、座標の調整を行っているのです。
これが完了すればその世界へ再び行くことになっても安全と判断された座標へ再び飛べばいいだけなので、二回目以降は初めて行くよりも簡単です。
今二人が行こうとしている世界はこれで二度目の世界ですので、ヘアピンを通して座標と時間を共有するだけで十分。あとは映像と音声を拾って記録を行えばいいだけです。


記録先は映像と音を記録できる水晶で、これには記憶ができる量に上限があります。水晶に記録された映像と音の二つの要素を一つの本へ記録するのは今のところソラにしかできない芸当です。その本を開くと映像と音声が立体的に再生され、原本はソラに記録されます。
こうやってボクたちはお互いのできることを共有し、支えあっています。

「それじゃ、よろしく!」
「任されましたよっと」
つづりさんが専用の武器を具現化させると石突を床につけます。すると、淡い黄緑色の光がつづりさんとソラを包みこみます。

「座標、時間共に前回の離脱時期に指定」
縁結の矛に埋め込まれた宝石が光り、足元は円形にエメラルドグリーンに発光しています。
「んじゃ、留守は任せたよ」
ソラがそういうと縁結の矛が宙に浮き、宝石が眩く光りだします。するとソラとつづりさんの姿が一瞬で消え、部屋にはボクとカナデさんが残りました。
どうやら二人は無事に次元以降に移れたようです。

情報屋の不安が気になるけど。

ボクは情報屋の元を離れる前に、珍しく情報屋に引き留められたのです。
他人と話すのがとても苦手な彼女がボクに話しかけてきたとき、その聞き取りやすい言葉はミノに話しかけるのと同等なほど流暢な話し方でした。

「小さな変化に気を張って。今の多次元は、気まぐれで道を変えるだけで大きな変化が起きてしまう状態だから。あなたたちが、主犯にはなってほしくない」

「情報屋・・・」

多くの次元が存在するということは、何かの拍子に次元同士が干渉してしまうということがあるのです。

次元にも終わりが存在し、大抵は消えるときは静かに消滅するのですが、時々爆発のような現象を起こして周囲の次元に影響を残して消滅する世界が存在します。
この現象が発生する原因は定かではありませんが、その次元はとても不安定だったことということが今までの調査で明らかになっています。

不安定な次元というのは、次元の在り方や法則、概念が定まっていないカオス状態であればあるほど不安定だと調べがついています。

おそらく情報屋が警戒しているのは、今回起きた正夢の噂が原因でファミニア、もしくはほかの次元が不安定になるということに注意してほしいとのことかもしれません。

そうなると、ボクはソラやつづりさんの行動に気を配らないといけないのです。彼女たちには、寄り道癖があるからです。

 

次元移動の道中


次元移動中は周囲にピンク色の糸が縦横無尽に絡み合い、時々光る粒子が飛び交う不思議な空間に入ります。その中にある一本の糸をわたしとつづりんが飛ぶように目的地へと移動します。
この空間はとても不確かで、観測が不可能なので不干渉次元と呼んでいます。この次元からすべての次元に行けるようなので、この膨大な空間の中に多次元が広がっているのかもしれません。
もし始点と終点を見失ってしまうと、不干渉次元をさまようことになり、どこかわからない次元に放り出されてしまうでしょう。
これもあくまで憶測だけど。

次元移動をしていると突然つづりんが話し出します。
「ソラさん、この空間ってこんなに光の粒子少なかったっけ」

改めて周囲を見渡してみると、確かにいつもより粒子の数が少ない、というよりも全くない。
すると突然大量の粒子が降りかかってきて周囲の糸が大きく揺れ始めました。
「ソラ!つづりさんにつかまって!}
ヘアピンから聞こえた声に反射的に反応し、わたしはつづりんへしがみつきます。どうやら声の主はアルのようです。

何があったのかと問う間もなく、真横からショックウェーブが襲い掛かってきました。つづりんは苦しい表情になりながら次元間のつながりを維持していました。
今までに経験したことがないショックウェーブによって周囲の糸は次々とちぎれていきます。そして、ちぎれた糸がデタラメにつながっていったのです。
「なにがどうなっているのさ!」
つづりんの問いかけに対してヘアピンから声は聞こえてきません。

私とつづりんが通っていた糸もついに切れてしまい、私たちは終点へ吸い込まれていったのです。

 

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次元縁書ソラノメモリー 1-2 正夢の噂、ですね

 

料理地区『ヨシペル』

 この地区には食料人、料理人が集まっていて地区の中央にある掲示板には取引内容が提示される掲示板があります。この内容は重複して受けるということが可能であり、取引内容の争奪戦が起きることはありません。
 だからといって食料を必要以上に受け取るというのはナンセンス。
 この世界の食料は、適切な保存方法を行わない限り、一日で光の粒子として消えてしまいます。というのも、ファミニアに存在する物質のほとんどは量子のかたまりであり、物体には時間の経過で形を保てなくなるという変わった概念が存在します。
 そのため、保存方法ももちろん専門の能力をもった者に頼まなければいけないため、かえって手間がかかります。

 そういうわけで、この地区では人が絶えません。

 私たちが向かっているミヤビさんの店の前ではとても慌てた様子のミノと、話に付き合って疲れ切ったミヤビさんがいました。
 ミヤビさん、ごめん。
「ぬぁ~、私っていつもこうやりすぎちゃうかな」
「ミノ、私もう疲れたんだけど。はやくカナデちゃんを探しに行きなよ。こんなところで慌てられてもこっちが困っちゃうよ」
「だめだよ、前に一度謝るためにぶっ飛ばしちゃった子の家に行ったら、入れ違いになってまた騒ぎになってさーあああ!」
「うーん、おちついてよ~」

 相当参っているミヤビさんとミノのところへカナデがすごい勢いで迫っていった。
「ミノ!何が新しい意識の伝達方法さ!伝わる以前に拳を交えないから何もわからなかったじゃん!」
「よかった、やっと戻ってきたね。それじゃあさっそく伝えること伝えるからそこに立っててね」
「は・な・し・き・け!普通に話せばいいじゃないか!」
「今回伝えることは大事なんだよ、他人に知られるわけにはいかないからさ」
「だからって、人を弾道ミサイルにする必要ないでしょ!私たちん家にぶっ飛ばしたのは意図的か?!」
「おお、そこは大成功か」
「勝手に納得すな!」
 二人がコントを始めてしまったので私はミヤビさんのところへと静かに行きました。ミヤビさんの店のカウンターにはメモにあったよりも多くおにぎりが用意してありました。海苔の数はメモ通りでした。
「ごめんねミヤビさん、なんか巻き込んじゃって」
 カウンターへぐでーんとしたミヤビさんが顔だけをこっちにぬるりと向けてきます。
「そらさぁ~ん、疲れたよ。カナデちゃんがメモより多く米を持ってきたらしくて多めのおにぎりを作ってたんだけどさ、外で爆裂音がしたらミノが慌てだして」
 だからおにぎり多かったんだ。
「そーしたらミノと目が合っちゃってさ。ずっっっと!ここで話を聞いていたのさ」
 さ、とミヤビさんの開いた口におにぎりを当てます。
「おにぎり食べて落ち着いて。感情エネルギー結構持ってかれちゃってるみたいだからさ」
 口だけでもぐもぐとおにぎりを食べたミヤビさんは少し元気を取り戻したらしく、カウンターから起き上がった。
 「まあいいけどさ。早くミノを連れて行っちゃって。他のお客さんが困っちゃってるから」
 ふと周りを見渡してみるとミヤビさんの店を囲むようにみんながミノとカナデのコントを苦笑いの表情で眺めていました。確かにこのまま放置するのはヤバい。
 ミヤビさんから多めのおにぎりを受け取り、コントを繰り広げている二人のもとへと向かいました。
「2人とも、落ち着いて朝食としようよ。アルとつづりんも」


 ヨシペルの奇麗な花畑がある中央公園。たくさんの花が植えられた円形の花壇に、ここを飛び回る蝶はさっきまであった騒動で高まった鼓動を落ち着かせるには十分なほどきれいな光景です。
 ここで5人そろっておにぎりを食べていると、ミノが伝えたいことはただ私を呼んできてほしいということだけだったようです。
「ユーカラさんが周りの人へ知られないように、か」
「情報集めが得意なユーカラ、まあ私のパートナーである彼女の頼みだからこの命令を破るわけにはいかなかったんだよ。だったら拳で伝えるしかないじゃないか」
「だからって吹っ飛ばすか普通」
 カナデは落ち着いたようだけど、まだ怒っているようです。
 おにぎりを2個食べ終えたアルは私たちへ提案をしました。
「それならこのまま情報屋さんへ行こうよ。ソラへ伝えたいとはいえ、ぼくたちにはいずれ伝わることだろうし。ぼくたちが付いて行っても問題はないよね」
「ん、まあ彼女はソラさんが所属する多次元目録に用があったみたいだから大丈夫じゃないかな」

 多次元目録

 私たちのチームは『indemention』というチーム名で行動を行っていて大抵の人は多次元目録と呼んできます。
 多次元目録は今まで訪れた世界について記録する書物のことであり、私の力を使って記録を行っているため、いくらでも記録を行うことができ、消えることもありません。時々私の見解を綴ることはありますが、見聞きしたことをそのまま記録しているので間違いはありません。
 別世界へ行ったのはまだ数回ですが、ファミニアの住人にとってこの世界以外に幾多の次元と世界が存在することを知り、興味を持つ人はたくさんいます。
 そのため、これをたまに報酬として要求されるので何冊外部へ出回ったのか分かりません。さすがにそのまんま渡すわけにはいかないので、普通の本として何千部と分けて渡しています。

 ユーカラさんも外の世界へ興味を持つひとりであり、多次元の世界があることは知っている人物です。

「さて、腹も膨れたことだし、ユーカラのとこに行こうか多次元目録の皆さん」

 ミノに連れられて情報屋に来た私たちは、4人で中に入ってもいいか聞きに行ったミノを待っていました。
「ユーカラさんが名指しするってことは、また本が欲しいってことかな」
 つづりんが不思議に思ったのかそう話を切り出すと、答えたのはカナデでした。
「いや、この前本を渡したときだって私たちが情報屋に頼みごとがあったときだよ。情報屋から名指しなんて、この世界ではミノくらいだったんじゃないかな」
 不思議だねーという空気になっていたら、ミノがみんな入ってきてと手招きをしてきました。


 部屋の奥にある水晶の置かれた机の後ろにユーカラさんがいました。
「あ、あの、み、みの、が、めいわ、くを、おかけして、しまい、す、す、すみませ、ん・・・」
 ユーカラさんはこの世界にある噂を水晶を通して収集できる力を持つ代わりに、極端なコミュ障という欠点があります。
「いえ、私たちは気にしていませんから」
 ユーカラさんは一呼吸おいてむすっとした顔をミノに向けます。
「ミノが素直に伝えないから」
「まって、私は素直に命令を聞いただけだよ?!」
 ユーカラさんが唯一スムーズに話をできるのはミノだけです。付き合いが長いからかな。

 私は気持ちを切り替え、真面目に話を切り出します。
「それで、伝えたいこととは何ですか」

「みな、さん、夢、はご、ぞんじ、ですか?」
「うん、ちょうどソラさんが今日見たみたいだよ」
「そう、ですか」
 ユーカラさんがミノに合図を送ると、ミノは両手をこちらに向けてきた。
「ユーカラじゃ伝えるのに時間がかかるから、みんな、拳を繋げあって」
 6人が拳を合わせると、脳にユーカラさんの言葉が響いてきました。
「実は、昨日の夜に突然睡魔に襲われたという人が多数出現したと噂で流れてきました」
 私に訪れた現象と同じ。
「そして、その人たちは皆、夢を見たというのです。その夢の内容ははっきりしていて、記憶に間違いがなかったとのことです」
「それはおかしいですよ。夢はソラさんのように記憶をとどめておける能力がなければメモリーに残ることがないはずです」
「つづりんの言うとおりだけど、そのうわさ話を考えると、第三者の能力による影響が高い可能性があるね」
「私が伝えたかったのはこの噂に関することです。実はこの夢、事実になってしまうのです」
「事実になるということは、すでに夢の中で見たことが実際に起きた人がいるってこと?」
「実際に経験した人からは、話を聞いていませんが正夢を初めて経験したという噂が同時に多く聞くようになりました」
「まさに正夢の噂、ですね」
 正夢になるという結果がわかるまでの間が短いのは気になるけど、正夢だったと実感するには個人差があるってこと?それともただの噂話?


 あれこれ考えているとミノは拳を離し、心の共有は終わりました。
「彼女が伝えたかったことはここまでだね。私たちがこれについて何かお願いすることはないよ。ただ、注意喚起を行いたかったということだけ」

 正夢か。私の見たあの光景も、いつか見ることになるのだろうか。

 私たち4人が情報屋から出ようとしたとき、ユーカラさんが一言アルに伝えている様子でした。まあ、家で話を聞くとしましょう。

「ユーカラさん、情報ありがとうね!」
 多次元目録の皆さんが去ったあと、わたくしはミノに話しかけます。
「ミノ、わざとわたくしの心の一部を遮断したでしょ」
「私はキミの言うことは何でも聞くからね。伝えてって言われたことだけ伝えただけに過ぎないさ。信憑性のない噂を聞かせるわけにもいかないでしょ」
 変に器用なんだからこの子は。
「多次元にわたる異変の始まり、それを伝えていたのがこの正夢の噂の真実であり、この噂の発信源は」
「CPU」
 ミノが少しびっくりした顔をいたしました。
「この世界を軌道エレベーターの先で見守る監査機関。夢をよく知る子からそんな話を聞いた。そして、わたくしもその正夢を見た」

「わたくしは世界の終わりを見ていた。あのソラさんが、仲間を撃ち殺すという」

 部屋の中のろうそくが一ついきなり消えた。あれは因果に変化が起きたときに炎が消える変わったろうそくです。

 多次元を渡る彼女たちならば、知らず知らずに多次元の異変に気付くでしょう。だからわたくしは彼女たちに揺さぶりをかけたのです。

 あの光景が、正夢にならないように。

 

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次元縁書ソラノメモリー 1-1 ここはファミニア


 私はこの世界で仲間とともにいろんな世界を観測し、調査し、記録を行ってきました。この世界を支配するモレウの概念により、ここまで来れたのは、みんながいたからだと思います。

 とある2人は、歴史から抹消された事件で生き残り、路地裏で私を見つめていました。

 とある1人はオンラインゲームと属される世界のモンスターとして紛れていたこの世界の仕組みから逸脱した存在でした。

 そして、とある1人は崩壊するサンドボックス型の世界から意識が消失する前に連れてきました。

 選りすぐったわけでもないのに、自然と集まってしまった私たち。
 最初はいろんな世界に行って楽しむだけだった次元遡行もいつの間にか、この世界の真実を探るための行為となり、挙句の果てにはここまで来てしまったのです。
 きっと、触れてはいけないものに触れてしまったのでしょう。知ってはいけないことを知りすぎたのでしょう。

 私から見えるのは、水越しに見える2人の姿。
 見覚えは、ないです。
 でもどこか懐かしく、憎らしく思ってしまう2人の姿。思い出そうと思っても濃い霧のように右も左も分かりません。
 見つからない。見つからないはずがないのに見つからない。いったい何が私の能力の邪魔をするの?
 しかし、なぜか込み上げてくる罪悪感。
 この世界で起こしてしまった事件は、私のせいだと、それだけはわかる。とてもだが、ここから出ようとも思わない。ここでこうして、罪を償うことしか私にはできない。
 それでも、動かなきゃ始まらない。
 私の意識はいくつもの自我が混ざったように混濁した思考となっていやがった。

「ソラノメモリー、これさえあればこの世界はどうでもいいの」
 2人いたうちの1人がうなだれながらこちらに向けて独り言を話していた。その声を聴いていると、1つの意識がはっきりとしたのです。
 だから、今度はこの力で守らないといけないんだ。
 怒りや後悔の意識はすっかりと無くなり、1つの意識が私を支配しました。水中を前に向かって進むとガラスのような何かに触れてしまい、ここから出ることはできないようです。
 そして、私の目の前にいる彼女は向こう側からガラスに触れ、私を見つめてこう言い放ったのです。

「お願い、答えて・・・ソラ・・・!」


 青空の下、いつも植物へ水をあげているのはアルくんだ。早起きさんは心も豊かなのかねぇ、アルくんは気配を察知したのかこちらを向いて笑顔で挨拶をした。「おはよう、つづりさん!」
私も挨拶を返し、他の2人の行方を聞いた。
「カナとソラさんは?」
「カナデさんは朝食の調達に行っていて、ソラはまだ寝ているみたい」
 アルくんが呆れたように言っていたので、どうやら元々朝食準備はソラさんが担当だったらしい。
 なら、私は朝の挨拶担当になろうじゃないか。さて、どう起こしてあげようか。
 この世界の睡眠は、実はそこまで重要ではない。記憶の整理の必要もなく、遺伝子レベルで睡魔へと誘うわけでもない。あえて目的があるといえば、夢を見るため。
 夢の邪魔をしちゃうけど、起きてもらわないと始まらないしね。

 さて。
 ソラさんが眠っている部屋の扉を開き、足を一歩踏み出したとき、空に閃光が走った。その光は家のガラスを突き破り、私の目の前の床の木材を吹き飛ばして現れた。
 顔が思いっきり床にめり込んでいる。なんで朝食担当代理が空からICBMのように飛んできたんだ。
「イッたい。いやー、ここまで朝食ゲットが大変とはねぇ」
 顔をめり込ませながら独り言を言っている。何があった、カナ!
「イッたい、じゃないよ!びっくりした上に少しズレていたら一体化するレベルで激突するところだったんだけど!」
「何そのたとえ・・・」
 床からすっぽ抜けた顔には呆れた顔があった。いったい何度見たかねその顔は。しかもこれまでのことがあってまだソラさんは寝てるし。
「朝食担当代理、メニューはあらかじめアルくんから聞いていたはずでしょ?引き換えの要求も知っていたはずでしょうに」
 体を重たそうにカナは立ち上がり、木屑を払ってキリッとこっちを見た。
「うん、しっかりとメモは見たよ。そしてしっかり料理の段階まで行った。問題はそれからでさ」
「問題?」
 朝食調達の手順に問題はなかったようだ。それなら何かトラブルに巻き込まれたって感じかな?
 考えを巡らせていると、すぐにカナは話しはじめた。
「いつも通り和食料理が得意なミヤビさんに頼んだんだけど、そこで拳の使い手ミノとばったり出会っちゃったというわけ」
 どこの世界に好戦的な者がいる。ミノは相手と拳を交えることで相手と気持ちを共有できる能力をもっている。適当に拳をぶつけ合えばいいのに、ミノは拳の交え方の実験といって多くの人々に全力でぶん殴ってくるという。最近は相手に了解を得ることを学んだらしいが、カナはなぜ吹っ飛ばされたんだか。
「断ろうとしなかったの?」
「そりゃ断ったさ。でも交換条件が現実味のある噂って切り出されて、気になっちゃってね」

 現実味のある噂

 このように言われると大抵は疑ってしまうが、ミノの親友に情報屋がいる。おそらくその情報屋からもらった情報だろう。あの情報屋の情報には何度も助けられているし、信用できると考えるのは容易なことか。
「それで吹っ飛ばされるとか本末転倒じゃん」
「うーん、あの右ストレートはすごかった。心の中に何かが流れたかと思ったら1人をミサイルにするほどの一撃を放つとは」
 もはや気持ちを共有させるという域を超えた右ストレートな気がするが、報酬となる情報を逃すのはもったいない。私もついていくか。
「んじゃ、朝食を取りに行くときにでも右ストレートの報酬を聞きに行こうか」
「そだねー」

 話をしていると慌てた顔でアルくんが下から駆け上がってきた。
「ちょっと、なにがあったの?カナデさんが顔だけ天井からのぞかせたときは思考が止まっちゃったよ」
 そうか、顔が一時床にめり込んだんだっけ。確かに衝撃とともに顔だけ覗かせているってかなりホラーだよね。誰でも思考は止まるわ。
「右ストレートでミサイルになっちゃったんだって」
「え?」
「いろいろ端折りすぎでしょ」
 カナのツッコミを受けていつも通りな気がしてすがすがしい。
 3人で話していると、ソラさんがむくりと起き上がった。まだ覚醒中なようで、目の前の状況を確認しているようだ。
「おはよう」
 挨拶担当の私は、逆にあいさつされてしまったのだった。

 3人から挨拶を返されると、椅子に座って寝ていたからか長めの伸びをしたソラさんは改めて周りの状況を確認した。
 しばらく周りを見て見ていたソラさんをよそに、アルくんはドアのほうへと歩きながら止まっていた話をつづけた。
「それで、どうしてこうなったの」
 困り顔になるのも無理はないよね。
 私がカナの経験したことを話している間に、アルくんはこちらに耳を傾けながらこの部屋に修復のコードを実行した。

 この世界の建物は質量をもった粒子体からできていて、間取りや建物の大きさを変えることはできないが、壁紙や傷、崩れてしまった部分はあらかじめ決められたコードを建物に触れながら心で唱えると、粒子が反応して修復、再構築を行う。

 ここまでの顛末を話し終える前に部屋の再構成は完了した。
「どっちにしろ朝食を食べないと始まらないし、4人みんなで行こうよ。ね、ソラ」
「そうだね、みんなで行ったほうが情報共有にもなるし、確か私が朝食担当だったはずだからね」
 立ち上がりながらソラさんは話し、腰に手を当てると
「で、アル。朝食メモは?」
 私が行ったからこうなったんだよなぁ。
 きっとそうカナは思ったのだろう。まあ、ミノのことしか話さなかった私が悪いんだけど。


 私のおとぼけ発言についてああでもないこうでもないと話をしている間に、私たちは家を出て料理人が集まる地区『ヨシペル』へと向かいました。
 私はこの世界のことを思い起こしながら私はいつもの見慣れた風景を見つめました。

 ここはファミニア。

 この世界では今日のような出来事は日常茶飯事です。
 この世界の住人は必ず1つの能力を有していて、モレウの概念に支配されています。
 能力をもっているとはいえ、能力に関係あること以外の知識、技能は欠陥レベルで扱うことができません。そのため、私たちのようにチームを作ったり、コンビを組んで助け合うのがこの世界では普通となっています。
 今、料理人のところへ向かっているのも、この世界での料理は料理を作る能力をもった人たち、食料を生産できる人たちがいて初めて手に入れることができます。
 アルのメモに書かれている朝食のメモには、その日に食べる料理の内容、その材料を渡してくれる人から提示された取引内容、その達成に必要なことが書かれています。
 今日はおにぎりなので米と海苔。
 まあ、カナデが私の代わりに達成してくれたみたいなので、あとの内容は気にする必要はないでしょう。
 おにぎりを素人が作ろうと思えば作れますが、そこから得られる感情エネルギーは微々たるものです。
 感情エネルギーは、生死を分ける大事な要素です。
 モレウの概念によってこの世界の人は一定の段階で成長が止まり、細胞の老化、排泄といった概念もありません。その代わりに大事となってくるのが感情エネルギーです。
 感情エネルギーが枯渇すると怒りっぽくなり、最終的には狂気に陥り、理性と人格が崩壊します。つまり、死を意味します。
 そんな感情エネルギーについて思い起こしていると、話が一区切りした3人が新たな話題を切り出していました。それは、夢についての話でした。

 夢

 夢は睡眠という状態に入って一定の確率で見ることができるというものです。夢の内容は喜怒哀楽、風景も、周りの人もランダムで、とても複雑な構造をしています。
 その複雑さ故に、たいていの場合は見たとしてもほとんど覚えることができません。

 しかし、私の能力はすべてを記録する力。

 夢の内容を覚えるのは容易なことです。今回見た夢は、特別あやふやな内容でしたが。
 私が夢を見たのは、この世界にはないはずの睡魔が私に襲いかかったからです。おかしなことが起こるこの世界ですが、このことについては摩訶不思議。
 カナデがいうミノの知っている『現実味のある噂』に少々期待を込めていたのです。

 

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【オリジナル小説】次元縁書ソラノメモリー

「肉体と概念のその先へ」

 

思考も、在り方も、概念も世界それぞれ。
それを否定するのが正しいのか、肯定するのが正しいのか。
果たして、正しいとは何なのか。

それはきっと世界に縛られる肉体と、概念の先にあるはず。

 

この物語から人の在り方、概念、思想というあらゆる考え方をを考え直すきっかけになってもらえればうれしい限りです。

このページはあおソラいろが書いている小説「次元縁書ソラノメモリー」のトップページです。


1章 終わりが始まる世界
 1-1 ここはファミニア
 1-2 正夢の噂、ですね
 1-3 何がどうなっているのさ!
 1-4 まずはあなたを信じるのが大事でしょ
 1-5 まあ、いろんな場所に行ってますからな
 1-6 まったく、お前はどこから来たんだ?
 1-7 確かに存在したという証としてね
 1-8 あなたは私たちが怖いですか?
    1-9    この世界にとって、今や死は救済。生きる者に、救済を!
    1-10  わたしだって考えなしってわけじゃない
    1-11  しないよ、今回に限っては
    1-12  今帰れたところで私は嬉しくないし、逆に辛い
    1-13  生きることはあきらめないでほしい
 1-14  みんながみんな独特の発想を持っているとは限らないからね
 1-15 魂の在処とは
 1-16 魂と世界とのつながり
 1-17 錬金術との再会

 

この小説はあおソラいろの著作物ということになります。
無断使用はしないでください。あなたの思いやりを信じさせてください。