干渉液を手に入れたぼくたちは家への帰路についてた。
夕日が川に反射して赤みを帯びている中、ぼくたちは川辺に沿って歩いていた。
ぼくはブリンクに対してキエノラの話題を出した。
「キエノラに失礼じゃないか、急に飛び出していくなんて」
「苦手なものは苦手、あんな女に対して礼儀なんて疲れる行為をする必要もない!」
「やれやれ」
ブリンクと並んで歩いている中、右隣の足音が聞こえなくなってぼくは後ろを振り向いた。
そこには手を後ろに組んで、夕日を眺めるブリンクの姿があった。
「アルも、この世界の人ではないんだよね」
「…そうだよ。ボクもブリンクと同じでここではない別の世界から来た、らしい」
「らしいって、自分でも分からないってこと?」
「そう、ぼくはどこの世界から来たのかが分からないんだ。ソラもぼくが本当はどこの世界の住人なのか知らないって言うし」
「それって、普通は不安にならない?」
「なんでかな、そう考えたことはなかった」
「違和感とか、なかった?」
「…違和感?」
「周りの人と違って、自分だけが能力を使えないことが。
ゲミニカへ行く途中で話してくれたよね、この世界は能力を持っていることが当たり前なんだって」
「ブリンク、急にどうしたの」
「私、元いた世界では出来損ないだったの。
どう頑張っても錬金術は失敗するし、両親みたいに凄い力なんてない」
「落ち着いて、能力がなくてもこの世界の人は酷いことなんてしないから!」
ブリンクは素早くぼくの左手を掴み、そのまま泣き始めてしまった。
「ごめん、夕日を見ていたら急に悲しい気持ちになっちゃった。
私、わたし、役立たずなんかじゃないよね!」
ブリンクの感情が不安定になっている。この原因をぼくはよく知っている。
この世界に代謝は存在しない。その代わりにペシャンを摂取するか幸せを感じることで体内に溜まる「負」を消し去っている。幸せやペシャンを長時間摂取していない場合は、「負」が感情に作用し、最終的には自分で感情を制御できずに暴走をはじめてしまう。
暴走の結果、死者が出たこともある。
その後、暴走した者はCPUに連れていかれて行方不明のままとなっている。
この世界の住人であればよっぽど不幸が続かない限りは暴走に至ることはないが、ブリンクはまだこの世界の住人ではない。そのため「負」を消し去ることができずに体内へ溜まり続けている。
ぼくはブリンクの限界が近いと悟り、落ち着かせることにした。
「大丈夫、大丈夫だから!ブリンクにしかできないこと、絶対あるから!」
ぼくは両手でブリンクの両肩を掴み、ブリンクと目を合わせた。
「自分が何者なのか、それを知っているのはブリンクだけだ。
自分という本質を失わない限り、必ず自分にしかできないことは存在するはずだから!」
ブリンクは何も言わずにぼくの目を見つめていた。
しばらくしてブリンクは目を擦って涙を払った。
「ありがとう、アル。もう大丈夫」
「ブリンク、いったい」
「ほら、ハルーを使ってすぐに家へ帰ろう!」
ぼくは家に着くまで不安で仕方がなかった。
無事に何も起こらず家へ帰ってきたぼくたちは、ソラへ干渉液を手に入れるまでに起きたことを話した。
そしてソラから驚きの発言が飛び出した。
「そうか、やっぱり二人そろって昏睡したか」
「ぼくたちがディモノスリンで昏睡すると知ってお使いに出したの!?」
「干渉液の材料はディモノスリンでしか手に入らないってことは知っていたからね。でも、無事に帰ってくることは信じていたよ」
「こっちは焦ったんだからね!ブリンクが目覚めなかったらどうしようかって」
「ごめんごめん。ブリンクにとっては、悪くなかったんじゃないの?」
ブリンクはにこやかに首を縦に振った。
「なら、いいけど」
「でもキエノラのお気に入りになって変わった石を持ち帰ってくるとは思わなかったなぁ」
ソラは石を灯に照らしながらそう話していた。
「お気に入りになったら危ないって聞いたから、私もうゲルニカに立ち寄れないよ」
「うーん、キエノラ発信機でもアルに作ってもらったら?」
「作ってもらえるなら是非とも欲しい品ね!」
「あはは…」
「さぁてご飯にしようか。今日はシャケのムニエルだよ!」
「聞いたことがない食べ物、でも美味しそう!」
「干渉液は明日使用するとして、今夜はゆっくりするとしようか」
みんなが椅子に座っていただきますとともにシャケを箸で突き始めるかと思ったら、ブリンクは箸を不思議そうに眺めていた。
そんな様子を見てカナデが話し始めた。
「あ、もしかしてブリンクちゃんの世界に箸を使う習慣なかった感じ?」
「箸…。ただの棒2本かと思ったら、これも食事をするための道具だったんだ」
「うーんそうなったら、今度は箸の練習をしないといけないね」
そう言いながらつづりはキッチンへ行ってナイフとフォークを持ってきた。
「箸をマスターするのは結構時間かかるから、今日はナイフとフォークで食べるといいよ」
「そうしてもらえると助かるよ」
「箸の練習は大変だよ?
こうやって身を切って口元へ運んでこれるようになるまで、小豆を皿から皿に20粒移動できるようになるくらいじゃないと、マスターしたとは言えないからね」
「この動作を、20回も?!」
「ソラ、それは他の人でもできるか難しいと思う」
「え、そうかな?」
ブリンクはナイフとフォークが渡されて問題なく食事を行うことができた。
「ところで、キエノラに気に入られたきっかけって思い当たる節がある?
この世界の住人じゃないってだけじゃあ、お気に入り認定されるとは思えないんだよね」
「ぼくたちよりソラの方が知ってるんじゃない?キエノラの店を教えてくれたのはソラじゃん」
「私は彼女と物々交換をした仲なだけであってお気に入りになる基準なんて知らないよ。
教えてほしなぁ、きっかけ」
ぼくとブリンクは少し悩んだ。
気に入られるきっかけ、何かあっただろうかと。
「そう言えばあの芸術家から質問されたのを思い出した」
「…どんな?」
「魂はどこにあるのかって。
私は、魂のありかに決まった場所はないって答えたよ」
「そうか。
気に入られたんだとしたら、ブリンクの魂に関する理論に興味を持たれたってところかな」
「そんな変わったことを言った覚えはないんだけど」
「まあでも、私も少しは安心したかな」
「え?」
「ブリンクに良い友人ができたことがさ」
「あの芸術家と友人なんて、考えたくもない!芸術家は苦手よ!」
「あらあら」
食事が終わって後片付けをしているとぼくはふと疑問に思ったことがあってソラに質問をした。
「え、アル達が行方不明になっていたのはどれくらいかって?」
「うん、その期間の長さによってはブリンクが危険な状態になる日も近いだろうから」
ちょうど食器を洗い終えたソラは蛇口を閉めて手についた水分をタオルで拭き取りながら話し始めた。
「1週間くらいかな。私たち流での換算では」
「1週間も?」
「ディモノスリンは、実はファミニアの端とも呼べる領域が含まれていてね。
前にも話したことがあったよね、ファミニアには端が存在するって」
「ファミニアの法則が及ばない闇の空間。
そこに踏み入れてすぐに戻れば何もないけど、長期間滞在したら何が起こるか分からない場所だよね。
ディモノスリンがそこに含まれるってこと?」
「ディモノスリンの詳細な広さは分かっていない。でも、ファミニアの端から先にも広がっているってことはわかっているんだ。
なんで外に踏み入れないように見えない壁が用意されていないか分からないけど」
「…それと今回の件で何か関係があることがあるの?」
「ディモノスリンでの時間の進み方だよ。
ファミニアの法則に囚われないのであれば他の世界同様に時間の進む法則さえ違う可能性がある。
さっき回答した一週間という基準は、他世界を探索するために私たちが他世界の情報をもとに算出しているものだし。
残念ながらファミニアでは時計というものが役に立たないから確かめようがないけれど、ファミニアでどれほど時間が進んだか知っても、あまり意味がないんじゃないかな」
「どうして不安にさせるようなことを言うの」
「不安?」
ブリンクは前までいた世界の習慣に従って眠るという行為を行っているだけで何も問題はない。
でも、目覚めなかったらどうしようかって。
そう考えていると、いきなり額に冷たい感触がしたので驚いた。その正体は、ソラが持っていた水の入ったコップだった。
「少しアルも休んだほうがいいよ。誰かに過干渉な状態になるなんて、らしくないよ」
「そう、だね」
ぼくはコップに入った水を飲んだ後、コップを片付けて自分の部屋へと戻った。
日の出の時間、いつもなら朝食の調達をする時間だけど、今日は違った。
ブリンクが目を覚さない。
そして、呼吸がとても浅い。
「そんな、こんなにも早く限界が近づくなんて」
アルの呼びかけにも応じないあたり、少し時間が経てば死んだ状態と変わらないものになるだろう。
「大丈夫だよ、アル。
私達はちゃんとこの事態を解決するための手段を用意できている」
「それなら、早く助けてあげようよ!」
「そうだね。
つづりん、拘束具を持ってきて」
「え、拘束具?」
つづりんは拘束具で手足が床から離れないよう固定した。
あとは拳を握りすぎて切り傷ができないよう、ブリンクの手にタオルを握らせた。
その後、私はアルがキエノラからもらってきた石をブリンクの胸元に置いた。
「これはどういうこと?」
「これからブリンクの魂をこの石へ移動します」
「魂の移動?それだけで解決できるの?
いやでもそれをどうやって」
「アルくん、私はソラさんと二人が不在の間に別世界の観測を行っていてね、その世界では世界の法則から逃れる方法が存在していたんだよ」
「ぼくたちがキエノラの店へ行く前に話していたことだよね、それ」
「そう。その世界から助っ人を呼んでいてね。ブリンクちゃんを助ける手段は手に入れていたわけ。
でも、成功するかはブリンクちゃん次第だよ」
つづりんの光のない目を見てアルは少し怯えていた。
話終わったらつづりんはポケットに忍ばせていた子を取り出した。
「さて、手筈通りにお願いね」
「それは、石?」
[石とは失礼ね!シ…
私はれっきとした生物よ!]
「余計な言動は控えて。これが無事に済んだらカレンの元へ返してあげるから」
[わかってるわよ。でも、あいつみたいに上手くできるとは限らないからね。
じゃあ、始めるよ]
しゃべる石は輝き始め、それとともにブリンクと胸元の石も輝き出した。
胸元の石は宙に浮き始め、眩しいほどの輝きを放ち始めた。
すると、眠っていたブリンクは目を開け、何かに刺されたかのような悲鳴を上げながら暴れ始めた。
「ブリンク!」
[魂を抜き取るんだからそりゃ痛いだろうさ。望みさえすれば痛みは和らぐさ]
予想通り拳は強く握られ、タオルがなければ出血していただろう。
それに、ブリンクは口から泡を吹き出し始めた。
[さあ、ブリンクという名の少女。
己の中にある奇跡を輝かせなさい。
生きたいと言うならば、その奇跡を信じ、願いなさい]
「わたし…は…」
ブリンクは目を見開くながら声を絞り出そうとしていた。
[さあ、あなたの願いは]
「私は…生きる!生き続けていつか、お母さんたちと再会したい!」
浮いた石は失明するのではないかというほど輝き、輝きが落ち着いた頃に拘束具には電撃が走って砕けた。
[なかなかの奇跡の輝きね。
受け取りなさい。それがあなたの全てよ]
動けるようになったブリンクは宙に浮いた石を手に取った。
石は形状を変えてブリンクのブレスレットへと形状を変えた。
「体の調子はどう?ブリンクちゃん?」
「すごい、さっきまで死にそうなくらい苦しかったのに今は全然平気。
それに、気持ちも軽い」
[ふふ、シ…私にかかればこんなもの当然にできちゃうのよ]
「したっけ私はこの子をあるべき場所に返してくるから、何が起こったかはソラさんお願いね」
「はいはい」
そう言ってつづりんは別世界へと飛んでいってしまった。
「ソラ、ここで何が起きたか説明してくれる?」
「あの石が口走ってたと思うけど、今ブリンクの魂はそのブレスレットに格納された。
つまり、手に取れる形になったってこと」
「それと代謝の概念がブリンクから消えることとどんな関係があるの?」
「代謝の概念?」
「ブリンクには説明していなかったね。
ブリンクは代謝のある世界から来ているけど、このファミニアには代謝という考え方が存在しないんだ。
その証拠に、汗をかかないでしょう?」
「そういえば、私この世界に来て一度もトイレに行きたいと思ったことがなかったかも!」
「うん、代謝がないこの世界ではもちろん老廃物なんて物も存在しない。でもさっきまでのブリンクには行き場のない老廃物が体内に溜まり続けていたんだ」
「え…それ考えただけで恐ろしいんだけど」
「実際危なかったんだ。少し遅れていたら死んでしまっていたかもね」
「そう、なんだ」
私は話が長くなることを考慮して、2人に椅子へ座るようジェスチャーで促した。
カナデは知らないうちに食材集めに行ってしまったようだ。
「んで、魂が石に入っただけでブリンクがなぜ救われたかなんだけど、魂の在処が変わったことで世界の概念から抜けることに成功したからなんだ」
「そこがわからないんだけど」
「世界の概念って生物という存在の何に作用すると思う?」
「肉体も、魂も。じゃないの?」
「その通りだけど、概念の情報を保持するのは魂だけなんだ。
肉体はただの器で、魂に保存された概念に影響されるだけの存在さ」
「それはあなたたちが他の世界へ行っても無事でいられることと関係するの?」
「ブリンクは目の付け所がいい。
私達はファミニアの概念が染み付いた魂だから多次元に存在する他の世界の概念には縛られない。
不都合が生じる世界もたまにはあるけど、大抵は問題なく生活することができる」
「…私の魂が入っているこのブレスレットは、この世界の石。
この世界の概念が上書きされたから前の世界にあった代謝の概念が破棄されたんだね」
ブリンクは頭の回転が早いようだ。
「さっきソラが言ったように、ブリンクには老廃物が蓄積されていたんだけど、この世界の法則が適用されたことでそのこと自体が無かったことになってる。
安心していいよ」
「そうなんだ。よかっt…
あれ?じゃあ老廃物の情報って何に置き換わったの?!
エネルギーの法則が成り立たないよ!」
「それは感情エネルギーに影響するよ。感情エネルギーが減ると怒りやすくなって、最終的には感情を抑えられなくなるんだけど、今は穏やかな気持ちなんだよね?」
「うん、昨日まであった自暴自棄な気持ちにはならないよ」
「実は私も詳しくはわかってない。
あの子がブリンクの魂を石へ宿らせただけで、どういう過程で宿らせることができたのかは理解の範囲を超えているんだ」
「あのしゃべる石、一体なんだったの?」
「魂を手に取れる形にできる世界にいた存在、そしてその方法を模倣できる存在。
ここまでしか教えられないかな」
「…まあいいよ。後で記録をのぞいておくから」
「まあ、ブリンクは体にどんな怪我を負っても無事でいられるようにはなったけど、そのブレスレットが壊れでもしたら即死する存在になったことは理解してね」
「え、それって右腕を切り落とされたら終わりってこと?」
「ブレスレットと体がある程度離れたら、もしかしたら体を動かせなくなっちゃうかもね。
切り落とされたらブレスレットの回収だけは忘れないようにね」
「魂、手に取れる形になっちゃったね」
「あの芸術家には二度と近づけないわ!」
「さて、ブリンクには私たちの活動を手伝ってもらう方法もそうだけど、箸の使い方も覚えてもらわないとね」
「あはは、そうでした」
「みんなー、用事終わった感じ?
料理、調達してきたから下に降りてきてね。
つづりんも戻ってきているから」
「ありがとう、カナデ」
「なんのなんのー」
「それじゃあ、これからのことは食事をしながらゆっくり話すとしようかな」
こうして私達はブリンクをメンバーとして無事に迎え入れることができた。
アルではこんなことをしなくてもよかったのにブリンクには必要だった。
アルが元々いた世界には代謝の概念がなかったのかな?
私にも知らないことっていうのは、まだまだ尽きることがない。
特に、身近な存在ほど未知なことは多い。
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