次元縁書ソラノメモリー 1-12 今帰れたところで私は嬉しくないし、逆に辛い

あれからつづりさんとかなでさん、ブリンクが戻ってきた。

戻ってきて早々、ソラはつづりさんへさっきまで探していた次元へ繋げるようお願いをした。

それからなぜかつづりさんだけが目的の次元へ飛び、ファミニアから観察を行うことになった。

何でこんな流れになったのかというと、ソラたちがいた世界の解析準備を行うためらしい。寄り道をしないとは何だったのか。

そしてぼくとブリンクは脳みそを浸からせるための干渉液を手に入れるために外へ出ている。

出る前にソラへいろいろ怒ったせいで消耗した感情エネルギー補給のために、ぼくとブリンクは食べ物を求めて歩いていた。

「ソラに何を怒っていたの?」

事実を知らせていないブリンクはぼくが怒る理由がわからなかった様子。

「いきなり寄り道するようなことを始めたからさ。まあ、すでに寄り道してるぼくが言えることじゃないけど」

「たまには寄り道も大事だと思うよ。急ぐことじゃないんでしょ?

干渉液に関しては、急ぐことじゃないかな。

「うん、そうだね」

「それで、今はどこに向かっているの?」

そうか、目的地を伝えずに歩いてたんだった。

「今は材料をもらうためにシチィケム  って場所に向かってるんだよ」

「あ、カナデから聞いたよ。食べ物と交換するための素材が集まる場所なんだってね」

農業都市 シチィケム

食べ物をもらうために要求される大抵のものはこのシチィケム にある。

ここには材料となる植物や動物がいてそれらを育て、管理する人たちが集まっている。育て屋と呼ばれる植物や動物の専門家は必ず一種類に1人だけ。これも育て方や管理方法を能力のおかげで知っているから。

育て屋たちは育てること、飼育すること自体が楽しいため、よっぽどのことがない限りは無償で材料を分けてくれる。

今回ぼくたちが集めるのはパンの材料となる小麦、挟むためのレタスとお肉。つまりはサンドウィッチを作りたいわけだ。

お肉は何でもよかったんだけどブリンクの要望で鹿肉になった。どうやらブリンクがもともといた世界では主食としていた家畜の姿に似ているかららしい。

鹿肉の育て屋にブリンクがいろいろ聞いていたようだけど、鹿について熱弁する育て屋にただただ驚いている様子だった。

ブリンクが思っていたものと類似している点は多かったみたいだけど、違ったのは鹿の主食だった様子。

私の世界にいるウカっていう動物はこの世界とだいぶ似てるんだよね。でも違うのは食べるもの。ウカは小動物を食べる肉食系なのよね」

あのツノで小動物を攻撃って、苦労するだろうなぁ。

レタスについては初めて見るらしく、キャベツのように葉っぱ系の植物が玉状になっているものはブリンクの世界になかったらしい。

球体の植物といえばタネの状態を食べるモカニンって植物があってね。珍しく果肉の方を捨てて食べるやつなんだよ。果肉は苦くて苦くて食べられたものじゃないけど、タネ部分は煮たりすりつぶしてパンの生地に混ぜたりすると甘くて美味しいんだ」

ブリンクは自分の世界の話についてはとてもいい笑顔で話す。しかも確実に伝えたいのかいつもよりゆっくりと話すからとても真剣なことがわかる。

あまり故郷のことを話すから気にしちゃったけど、ブリンクは知らない世界に夢中になっている様子だった。

「楽しそうだね、ブリンク」

「あの灰の世界よりもキラキラしているからね、そりゃはしゃいじゃうよ」

パンの材料となるライ麦の育て屋に材料をお願いしたところ、珍しく要求品を提示してきた。

「収穫のために動いていたんだが、思った以上にペシャンを使っちまってね。ちょっとこのタンク一杯分のペシャンを組んできてもらえないかな

タンクの大きさはドラム缶くらいといえば通じるか、まあ背丈より少し低いくらいの高さだ。

ブリンクは驚いていたけど、ファミニアでは大容量のカバンが出回っているから実はそこまで苦ではない要求だ。

少々手間なのは、少し高いところにあるペシャンの源泉まで行かないといけないということ。

育て屋が必要とするペシャンは新鮮な状態じゃないといけない。一番新鮮なのはペシャンの源泉であり、街中を流れるペシャンは途中で多くの人が触れるため、鮮度が落ちてしまう。

育て屋はペシャンが欲しいとだけ言ったけど、少々気を使って源泉まで行くことにした。

「アル、ペシャンの源泉ってここから近いの?」

「いや、ここからカムイナキを超えた向こう側にある場所だよ」

「え、遠くない?」

ファミニアの大きさは日々変わっていて拡大する一方だ。

ファミニアの土地はぼくたちの家がある中心都市 カムイナキを中心として外側へと拡大していく。

そのため、一週間前は1㎞先にあると表示されていた建物が今は1.2㎞先になっていることもある。

こんな不思議なことが起こっていると今回のようにただでさえ遠い場所がさらに遠くなってしまい不便だ。

「大丈夫。遠くの場所へ行くために、このハルーがあるからね」

ぼくが取り出したハルーに対してブリンクは夢中になっていた。

「この宝石みたいなやつがハルーって言うんだ。で、この石を使うとどうなるの、飛べるの?」

「飛ぶとは少し違うんだけど、ハルーは一度訪れた場所を記憶して、その場所へ一瞬で飛ばしてくれるんだよ」

「やっぱ飛ぶんじゃん」

「雰囲気としてはつづりさんが使う座標移動に近いかな」

「それって転送だよね。飛ぶと言うってことは何か違うの?」

ハルーが記憶するのは座標ではなく、記録したい場所の近くにあるプラキアと呼ばれる点を記録する。プラキアは始点を意味していて所持者が印象に残った場所がハルーの始点として記録される。座標を記録しないのはファミニアが常時変化しているということが影響してしまうからだ。

要するに一度は訪れたことがある場所にしかハルーでは移動できない。ブリンクは行ったことがなくても、ぼくがすでに訪れた場所だから一緒に移動することができる。

「じゃあ、ハルーを私が持ったところでペシャンの源泉には行けないってことか」

「そういうことになるね。じゃ、行こうか」

ブリンクと手を繋ぎ、ハルーを胸元に当ててぼくはペシャンの源泉を思い描いた。

すると気づいた時にはぼくたちはペシャンの源泉であるワッカイタクにいた。

「え、私たち動いた?周りだけが切り替わったみたいに何も感じなかったけど」

確かによく考えれば不思議な現象ではある。

別の場所へ瞬時に移動する際は何かしらの違和感が体で嫌でも感じることになる。

実は第三者視点で移動してきた人をみようと定点観測を行なったことがあった。

あの時は周囲を注意深く見ていても空間が歪んだり、いきなりその場に現れるなんてことが一切なくなんの収穫もなかった。

だからぼくは素直にこれが瞬間移動とか、指定した場所に飛ぶとか単純な言葉では言い表すことができない。

ハルーだからこういう芸当ができるという共通認識だから何も感じなかったが、よく考えるとハルーというものは得体のしれない奇妙なものであると再認識できてしまう。

「ねえアル、なんかあった?」

「え、ちょっと考え事してただけ。それじゃあ源泉に行こうか」

ペシャンの源泉は地下深くからペシャンが絶え間なく湧き続けるこの世界の生命線。

ここを独占するものが現れてもいいというほど重要な場所であるにもかかわらず、誰もそうしようとしない。

ハルー同様、そういうものだという考えで通っているんだろうけど今までにそう行った出来事が起きていないということが不思議でならない。

「源泉っていうから質素な場所かと思ったけど、噴水公園って言えるほど賑やかだね」

「何かとこの世界では材料になったり、感情エネルギーの補給だったりで人が絶えないからね。芸術好きな人たちが装飾して行ったって話だよ」

「芸術家ってあまりいい印象ないけど、湧き出るのが絵の具に変わってないあたりまだまともかな」

ブリンクの世界の芸術家って…。

ぼく達は新鮮なペシャンを回収してライ麦の育て屋へ届けた。

それから当初の目的だったサンドウィッチを手に入れて、ぼくとブリンクはペシャンの川へ足を浸からせていた。

「あの2人ともこの世界を歩き回ってみたけど、よくわからないなー」

「新しい世界ってそんなものじゃない?」

「いや、なんていうかどこにでもありそうな法則に全然当てはまらないってところが新鮮でさ」

この世界についてにこやかに話すブリンクを見ていると、ソラとの会話をふと思い出してしまった。

「当てっていうのは、ブリンクの魂と体を切り離す方法だよ。体っていうのは元いた世界の法則に縛られるんだけど、魂自体はどこに行っても普遍であって、縛られることはない。
器となる体がないと何処かに飛んで行っちゃうようなものだから、大抵は体とワンセットなんだよ」

「何を、言ってるのさ」

「ブリンクの魂を詰める器を作り、体を維持するエネルギーを感情エネルギーとする仕組みを作る、それが当てだよ」

「理解はできる。でもダメだよ!」

ソラは横目でこちらをみるだけだった。物言わずに人の方向を向くソラは時々怖さを覚える。

「わかるでしょ、代謝の概念がる世界の人が、どれほどからだと魂のつながりを気にしているのか」

「人は体あってこその存在。死んで初めて体と魂が切り離されて、魂は神様に救われるってのが普通だね」

「魂を切り離すなんて、ブリンクが首を縦に降るって、本当に考えているわけ?」

「最短でできるのはこの方法くらい。幸い、観測した次元の中にサンプルとして使えそうな法則があるからそれを使えばできる」

「ソラ!あんたは!」

ソラは表情1つ変えずぼくの目を見続けている。ソラの考えには人の気持ちが含まれていないことが良くある。

最近は良く考えるようになったと思ったらまたこれだ。

「あたしは当てを確実なものにするためにしばらく動けない。だからさ、頼みごとを完了する過程で聞き出してくれないかな。ブリンクの気持ちを」

聞くとしたら今かもしれない。

答えによっては、考え方を改めさせないといけない。尊重されるのは、本人の意思だ。

「ブリンクはさ、もし帰れるとしたら元いた世界に戻りたい?」

食べているサンドウィッチを全部口に入れて、飲み込んでからブリンクは話し始めた。

「戻れるなら戻りたいな。やっぱり元いた世界がしっくりくるし、戸惑うこともないだろうからね」

「なら」

「でも、今帰れたところで私は嬉しくないし、逆に辛い」

「帰りたくない理由って」

「お父さんとお母さん、2人とも私の世界ではちょっとした有名人でね。私の中では自慢の親だった」

「だった?」

ブリンクは頷いたあと、手遊びをしながら両親のことを話し始めた。

 

1-11←Back page

list:お話一覧

Next page→ 1-13