ドッペルを出し続ける魔法少女について周知したは良いものの、対処法は分からずじまい。
神浜で魔女にならない環境を作り上げた元マギウスの方達でもわからないとなってしまったら、たった一つの辛い選択しかなくなってしまいます。
保別ピリカという魔法少女が十七夜さんの心を読む能力を受けた影響で体にダメージを受けるという騒動が起き、わたしは時女の皆さんの後を追って調整屋へと向かっています。
何が起きたのかを理解するためと、十七夜さんへの誤解を解くのが目的です。
これをきっかけに貴重な方との協力関係を破棄されてしまうというのは現状避けなければなりません。
カレンさんやシオリさんと同じような魔力を感知させない能力の持ち主。
彼女たちとは全く無関係だと考えられないと、わたしの直感が言っています。
確かめなければなりません。
見えない出口の光となるかもしれませんからね。
調整屋に到着しましたが、中にはみたまさんがいない状態でした。
いないとはいえ、戸締りをしていないとは。本調子ではないと言っていましたが十七夜さんといい、どこか不安定になっている印象を受けます。
調整屋への襲撃がここまで影響してしまうとは。
時女さんたちは揃ってピリカさんを見守っていましたが、ピリカさんは眠ったままです。
何もせず黙っているわけにはいかないので、彼女たちへも誤解を解いておかなければなりません。
「十七夜さん、ピリカさんへ怪我を追わせてしまった方ですが、本来ならばあのようなことはしません。本人も悪気はなかったはずです」
「うん、あの人から悪意は感じなかったからそうじゃないかなって思ってた」
「でも心を読もうとしただなんて、一体何が目的だったのでしょう」
そうです。彼女たちは神浜で起きている異変について深く理解しているわけではありません。
わたしはこれまでのことの顛末を説明し、本人たちへ今後のことについて聞きました。
「今この街の魔法少女にとって日継カレンさん、紗良シオリさんは共通の敵となろうとしています。神浜の外のあなたたちは無理して付き合う必要はありません。判断はお任せしますよ」
「魔女にならない仕組みを広げる方法を知っていたとしても、やっていいことと悪いことがあります。国を守ろうとする魔法少女と敵対する存在ならば、私たちも一緒に戦います」
日の本、国と彼女たちは私たちよりも大きな使命、いや、目的を持っているようです。
それ故に魔法少女のあり方を誤解している可能性が感じられます。しかしここで打ち明けることでもありません。
今は気にしないでおきましょう。
「ななかさんって神浜マギアユニオンの一員なんですか。リーダーである環さんよりも中心的な立場の方に見えたので」
「わたしは神浜マギアユニオンに加わってはいません。あくまで協力関係であり、ここ最近は危険な状況が続いているので関与したまでです」
「そうだったんですか」
「しかし神浜の魔法少女と共闘するとなると、黒いオーラを纏った魔法少女を殺すことになるかもしれません。覚悟はしていますか」
「ここだけの話、わたしは何人も魔法少女を殺してきた前科があります。躊躇しないと言えば嘘になりますが、いざとなれば殺す覚悟はあります」
「すなお」
「静香やちゃるが出来なくても、わたしがやります」
時女一族、きっと今のような出会い方ではなければ同盟を持ちかけていいほど素晴らしい方達です。しかし無理強いはできませんね。
「出会ったら必ず殺さなければいけないわけではありません。人へ危害を加える様子がなければ、無理せず引くことも考えておいてください」
こう話している間もピリカさんは目を開けません。脳内にダメージがいっているはずなので少々不安です。記憶などの機能に障害が起きていたら、聞きたいことも聞けないでしょうから。
「そう言えば、ななかさんって」
[ななか、聞こえる?調整屋にいるの]
[あきらさん、どうしましたか]
[美雨が黒いオーラの魔法少女を見つけたって]
[分かりました。調整屋の屋上で落ち合いましょう]
[了解!]
他の方達の手を汚さないための方法、私たちが早期発見し、対処するしかありません。
「すみません、急用ができました。先ほどのお話の続きはまたの機会で。
それでは、ピリカさんをお願いします」
「わ、わかりました」
調整屋の屋上へ出るとすぐにあきらさんの姿が見えました。
「かこさんへは?」
「もう伝えていて、今美雨のところに向かっているよ」
「そうですか。それで、場所はどこですか」
黒いオーラの魔法少女がいるのは南凪区。美雨さんは蒼海幇の拠点にいる際に気づいたらしく、本人自身、蒼海幇へ被害が出る前に対処したいと考えているでしょう。
西から南へ時間はかかりましたが到着し、発見場所には美雨さんとかこさんがいました。
「おまたせしました。それで、黒いオーラの魔法少女はどこに」
「その前に魔女の対処が必要ヨ。あの路地裏の先に隠れているようネ」
微かにですが、魔女の反応が感じられました。
「悪いが、魔女を優先したいヨ。ここは蒼海幇の拠点(シマ)の近く。放っておくわけにはいかないヨ」
「いいでしょう。魔女を迅速に倒し、黒いオーラの魔法少女を追います」
私たちが魔女の結界へ入るとそこには異様な光景が広がっていました。
「結界に戦った後がありますね。もうすでに誰かいるのでしょうか」
「でも、魔法少女の魔力は感じませんよ」
「まさか、奴らのうちの誰かが」
「慎重に進みましょう」
全くと言っていいほど使い魔の姿がありませんでした。布と糸で出来たような結界も所々がほつれています。
魔女の反応が強くなり始めた頃、魔女の前に立つ人の姿がありました。
「魔法少女じゃないようですね」
「早く助けましょう!」
「いえ、様子を見ましょう。もしかしたら、あの方がここまで使い魔を倒してきたのかもしれません」
「魔法少女じゃないのにそんなことが」
魔女に立ちはだかる少女は、槍をその場で出現させ、周囲に黄緑色の輪を纏いながら人とは思えないスピードで魔女へと迫り、攻撃を加えていました。
神浜の中では硬い個体が多い羊の魔女が相手ですが、彼女が繰り出す攻撃は羊の魔女を怯ませていました。
魔女へとりついて槍で斬りつける少女に対して魔女は魔力の玉を周囲に発生させ、少女を引き離そうとします。
少女は飛んでくる球を弾くのではなく、槍と体の角度を少し変えるだけで受け流して対処していました。
「硬いなぁ。これで決めるか」
そう囁いた少女は矛先に溜まった魔力のような何かを魔女へ放ち、当たった魔女にはマスカット色の正方形が形作る輪が発生しました。
着地した少女が槍を構えると魔女へと一直線になるよう黄緑色の光の柱が立ち並びました。柱は私たちの前へも現れ、閉ざされた出入り口まで続いていました。魔女は前方へとしか逃げられない状態となりました。
羊の魔女は大体の個体がその場から動こうとしませんが、中には頻繁に結界内を転がり回る個体もいると聞いています。
今回の個体は動こうとする意思があるらしく、体を丸めて少女へと突進して行きました。
少女は高く飛び上がり、転がり続ける魔女の背後へと着地しました。
魔女は光の柱を崩して反対側を向うとしますがびくともせずにその場へ留まっています。
魔女に隠れて見えない状況でしたが、一瞬のうちにとてつもない強風が発生し、思わず目を瞑ってしまいました。
目を開けると動けなくなっていた魔女には大きな穴が開き、光の柱は粒子となって消えて行きました。
崩れていく魔女を見届けた後、閉ざされた出入り口前には少女が立っていて、崩れた魔女の残骸が彼女の右手の平と集まり、グリーフシードとなりました。
わたしは驚きなのか、それとも別の感情を抱いていたのか体が拘束されたように動きませんでした。他の皆さんも、少女を見ながら固まっていました。
魔女の結界が消えると、少女がこちらへと振り向きました。
「やっと見つけましたよ、夏目かこさん」
かこさんを知っている?
「かこちゃん、この人とどこか出会ったことあるの?」
「い、いえ」
わたしは少女と3人の間に入り、少女に対して問いかけます。
「あなた、魔法少女ではありませんね。それなのに魔女を倒せるその力、何者ですか」
「わたしはそこらへんの一般人ですよ」
「一般人はそんな奇抜な服を着ないと思うんだけど」
薄紫髪の少女は巫女服のような見た目ですが、胸部は明日香さんの魔法少女姿のようにさらしだけしか巻かれておらず、上半身は肌率が高めです。下半身は短パンと靴を履いているだけで上半身から下半身まで続く布を纏っているだけ。
あきらさんの言うとおり、一般人にしては露出が激しすぎる見た目です。
「戦いやすいから仕方がないね。そうそう、わたしのことはつづりって呼んでおけばいいよ」
「何か含みのある言い方ですね」
「それより、私には夏目かこさんに用があるんです」
「わたし、ですか」
「魔法少女でもないあなたがかこさんに何の用があるのでしょうか」
「少々誤解されるかもしれませんが、伝えておきましょう。
わたしは、黒いオーラの魔法少女を救う方法を知っています」
この言葉の響き、紗良シオリさんの時と同じ雰囲気を感じてしまい、思わず武器を構えてしまいました。
「まあ、日継カレンや紗良シオリの件があってこう伝えられても警戒するだけだよね」
「お二人を知っているのですか」
「神浜の事情を知っているて言うのが正しいかな」
魔法少女でもないのに、と言う事項がつづりさんから溢れてくるようにでてきます。
シオリさんやカレンさんたち以上に素性が読めない方です。
「かこさんには、わたしの使う技を再現できるようになってもらいたいんです」
「再現、ワルプルギスの夜と戦った際に使いましたが、でも、何で知ってるんですか。わたしが再現の力を使えるって」
つづりさんへ突き詰めて質問しようとしましたが、背後から魔法少女の反応が近づいてきました。
3人の魔力を感じましたが、その姿を見た時、私たちは悲しみに包まれました。
黒いオーラの魔法少女であることに間違いはなかったのですが、その姿はももこさん、レナさん、かえでさんでした。
「かえでちゃん、そんな」
「いいタイミングです。皆さんの前で彼女たちを救う瞬間を見てもらうとしましょうか」
「待ちなさい。救うというのは、命を奪うことではないのですよね」
「誰が殺すって言いましたか」
3人は一斉にドッペルを出してこちらに攻撃を加えてきました。
目の前に黄緑色の結界が現れ、それが攻撃を防いでいました。発生させたのはどうやらつづりさんのようです。
「ここは任せてください、そして何をしたのか見ていてください。特にかこさんは!」
あまりにも無謀に見えました。
魔法少女から見ても1人のドッペルに苦戦するというのに、際限なく出続けるドッペルを3人分対処するというのは。
何をする気なのは見当がつきません。
「ななか、無茶だよ。加勢しようよ」
「加勢と言っても、あの状態にどう私たちが対処できますか」
あきらさんの言うとおり、加勢すれば少しはつづりさんの負担は減るかもしれません。
しかし目の前で繰り広げられていたのは三次元的に四方八方から来る攻撃へ見えないスピードで対処しているつづりさんの姿でした。
「半端に手を出しては邪魔をするだけです。今は見守り、撤退する体勢だけは取っておいてください」
そんな中、かこさんは食い入るように戦いを観察していました。
果たして、黒いオーラの魔法少女を止める解決手段はかこさんに再現できるものなのか。
これは見極める必要があります。
戦闘の様子はというと、ももこさんのドッペルが放つ攻撃がつづりさんが発生させた黄緑色の正方形が無数に集まって形成された円へ吸い込まれ、かえでさん、そしてレナさんへと降りかかるよう別の円から放出されていました。
かえでさんのドッペルが放つ範囲攻撃はつづりさんが手放した槍が彼女の前で高速回転し、その回転によって円が形成されていました。
槍はドッペルの攻撃によって消滅したかに見えましたが、粒子状態となってつづりさんの手に集まり、元の形へと戻りました。
手元に武器が戻ったかと思うと今度は槍先から黄緑色の小さな円が放たれ、その後は槍をももこさん目掛けて投げてしまいました。
投げた槍の石突き部分はつづりさんの手元に残り、そこから先は黄緑色の鎖が石突きと柄の部分がつながる形で飛んでいきます。
ももこさんは回避しましたが槍は円の先へと飛んでいき、槍先から放たれた円が当たった地面から槍先が飛び出してきます。
少し視野を広く見ていると3人を囲むように円が宙にいくつも浮いていてその円を通して三次元的に槍が飛び交っています。そのまま3人を縛り上げるように黄緑色の鎖が絡まり合い、3人は一ヶ所に固められました。
見た目は空間移動を応用したような見た目ですが、無数の空間結合を制御するのはベテランの魔法少女でも無理でしょう。
3人からはドッペルが一斉に出て左手に槍を持つつづりさん向かって一緒のタイミングで攻撃しようとします。
つづりさんが石突きを地面へつけると3人の四方八方へ黄緑色の円が出現し、構わず攻撃した三体のドッペルの攻撃は円を通って反対側の円から放たれ、貫通した攻撃が、また別の円を通って放たれたりと、見ただけで放たれた攻撃が3人へ無限ループするように降りかかり続けることはわかりました。
攻撃の中心地にいる3人からは獣のような悲鳴が聞こえてきました。
「あれじゃ3人とも死んでしまうよ」
「つづりさん!そこまでにしてください、いくらなんでも3人の身体が保ちません!」
つづりさんは石突きを地面から離すと素早く3人の周囲を走り回り、時々地面へ槍を突き立てていました。
突き立てた後、何か糸のようなものが見えた気がしました。
「何かを切った?」
かこさんは、確かにそう呟きました。
糸のようなものを切ったのは間違いないのかもしれません。
つづりさんが動きを止めると3人を囲っていた円も、縛り続けていた鎖も消えていました。
3人はというと身体中傷だらけでしたが、変身が解けてその場に倒れ込みました。
私たちは急いで駆け寄り、ソウルジェムが無事であることを確認しました。
「本当に、3人を救えちゃったの」
「聞くより見るが早し、とは言いますがこれで救う手立てがあることは理解いただけましたか」
「あなたが黒いオーラの魔法少女を助け出せることは理解しました。しかし、あなたは何者ですか」
「技の再現をしてもらうため、明日また伺いますね。3人へ重傷を負わせてしまったことはご容赦くださいね」
そう言って質問に答えず路地裏を挟む建物の上へと姿を消してしまいました。
「後を追うカ?」
「いえ、まずは3人を安静にできる場所へ運びましょう」
「なら蒼海幇が使っている空き部屋を使うといいネ。皆には話をつけておくヨ」
「ありがとうございます。皆さんで手分けして運びましょう」
あの無限ループするかのような攻撃の中、擦り傷切り傷だけで済んだのはドッペルの影響なのかそれとも。
3人はその日のうちに目を覚ますことはなく、3日経った頃に目を覚ましたそうです。
その間につづりさんは私たちの前へ何度も現れ、何人もの黒いオーラの魔法少女を相手にしているうちに、ついにかこさんはつづりさんの技を再現できてしまいました。
技の真相は、ソウルジェムへ穢れを送り続ける特定の「縁」を切るという「縁切り」を行うという内容でした。
かこさんはその特定の縁を切ることに特化した縁切りを再現できるようになりました。
その再現は一時的なものではなく、いつでも技を使えるまでになっていました。
かこさんの再現の力に限界はあるのかと気になってはいましたが、思った以上に大きな力を持っていたようです。
あの時の見極めは、間違っていなかったようです。
後日、目覚めたももこさん達三人へわたしは事情を聞きました。
三人はみたまさんを襲ったカレンさんの素性を調べていたそうです。
そんな中、街中でカレンさんと出会ってしまい、人気のない場所で戦闘を挑んだとのことです。そこまでは覚えているものの、意識が無くなってしまうほどの攻撃を受けて、気づけば人の嫌なところばかりを見る悪夢を永遠と見ている状態だったとのことです。
かえでさんがいうには、この世の中を滅茶苦茶にしたいと思ってしまう心境にあったそうです。
おかげで三人は人間不信になってしまい、すぐにいつもの日常へ復帰するのは難しい状態でした。
三人の様子を見ていると、ふと頭の中にある言葉がよぎりました。
『あたしはあんたの反対側にいるんだよ
でもね・・いずれこっちに来る』
唯一心の底から殺意が湧いてしまった更紗帆奈の言葉でした。
黒いオーラの魔法少女は「あちら側」へと行ってしまった結果なのか。
なぜ今頃過去の記憶が頭に浮かんだのかは謎でしたが、神浜の異変へ対処できる手立てはできました。
あれから、つづりさんは姿を見せていません。
つづりさんについても気になるところではありますが、今は神浜の異変を終息させることに重点を置くことにします。
かこさんが事態を解決できる鍵を手に入れたことを神浜マギアユニオンの皆さんへ伝えないよう、あきらさんたちへ通達しました。
これは私たちだけの秘密とし、密かに黒いオーラの魔法少女へ対応していくこととしました。
神浜マギアユニオンには、もうすでに彼女たちへと繋がってしまう人が参加されていますからね。
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