中心部分ではアオの方かららんかが降ってきて人数が増えた状況となっていた。
「あんた、樹里さまの炎が弱いとか言ったな。ならば出し惜しみなしの最大火力をお見舞いしてやるよ。ウェルダン通り越して消炭になっても後悔するなよ!」
そう言って次女は火炎放射器へ魔力を溜めて最大火力で糸の魔法少女へ放った。炎は一次的に出るのではなく、数十秒出続けた。
周囲の鉄骨の表面は熱されて形を歪ませるほどの熱量だった。
撃ち切った次女の顔には驚きと恐れが混じったような表情が浮かんでいた。
「なんでだよ、なんで服が少し燃えるくらいで済んでるんだよ。おかしいだろ!」
「炎耐性なんて魔力でどうにだってできるさ。まあもちろん特性を知った上での話だけどね。ちょっとだけネタバラシすると消防隊員が来ている服を参考にしているよ」
「そうかい、ならば最大火力を何度も浴びせ続ければいいだけさ!」
「少し頭を冷やしてもらおうか。ここで魔女化されても困るだけなんだ」
そう言うと糸の魔法少女は次女の周囲を素早く動いては糸を何本も打ち出してきた。次女は躱すことしかできず、打ち出された糸が周囲の地面へ食い込んでいる様子を見逃していた。
そして糸の魔法少女が後ろに下がると周囲に打ち込まれた糸が次女を中心として収束し、次女を縛り上げてしまった。
「次女さん!」
「くそ、動きを止めるためにわざと外したってか。だがこんな糸、すぐに引きちぎって」
次女が力ずくで糸を切ろうともがくと、皮膚へ食い込んだ糸がそのまま肉を切り始めた。
次女は動きを止めるしかなかった。
「動いても構わないぞ。ただ、もがくたびに苦しむのは自分だけだ。長女さんの戦いが終わるまで静かにしていてもらうよ」
「次女さんを離せ!」
割って入ったのはアオの方から中心へ飛ばされたらんかだった。
らんかが糸の魔法少女へ武器で殴り掛かったが、あっさりと糸状の剣で受け止められてしまった。
「ピリカの方から降ってきたやつか。まあ数が増えても変わらない、まともに動けるのはお前だけだからね」
そう、一番人数がいたはずの中心地は今となってはらんかだけしか動けない状態となっていた。この時点で力量ははっきりしていた。それでも、私は引こうとはしなかった。
「あんた、ソウルジェムのあたりがゲームのコントローラーみたいな形してるね。さてはゲーム好きだな」
「っ!それがどうした!」
糸の魔法少女に払い飛ばされ、らんかがさらなる攻撃を加えようとするとらんかの目の前に脆めの糸の壁が出現した。
「ゲーム好きなら選択肢を選ぶこともあるだろう。いま形成した糸の壁は破ろうと思えば容易に破れる。しかしその糸のどれかはあなたの仲間の次女をさらに縛り上げる。これ以上縛られたら骨にまで食い込むだろうね。
さあ選べ、壁を破ってくるか、黙って長女の決着を待つか」
選択の余地なんてなかった。感情に流されて仲間のことを気にしないほどらんかは非情じゃない。らんかはもともと優しい心は持ち合わせていると次女からは聞いている。
らんかはその場で踏みとどまり、武器を下ろしてしまった。
「私だって、敵わないなんてわかってるよ。仲間を痛みつけて前に進むなんて、もう嫌なんだ」
「ならば私も攻撃は加えない。あとはあっちの決着がつくかだけだ」
ガツン、ガツンと確かに何かをつぶす感覚は伝わる。しかし目の前で認識できる様子とは異なっていた。
何度殴りつけようと、何度蹴り飛ばそうとも、小さな魔法少女には傷一つなかった。
彼女の周りにある結界を取り除かなければ、そもそも攻撃なんて通らないとそう考えるのは容易なはず。
それでも私は武器を振り回し続けていた。
頭の中でこだまするかつて聞いた叫び声、そして内側から湧き出る感情に流されるがままに私の体は動き続けていた。
小さな魔法少女が何かを語りかけてこようと、私には関係ない。
ただひたすら怒りに、怒りに、怒りに。
混濁した思考の中、突然今までにない感覚が私を襲った。
手元に伝わったのは、柔らかい何かに食い込む武器の感覚。
目の前を見ると、私の一撃が小さな魔法少女の脇腹に食い込んでいた。
「無茶しやがって」
中心地からそんな言葉が聞こえたあと、小さな魔法少女は私に生えたツノを握りしめた。
「やっと正気に戻ったか、修羅の門でも開いて戻ってこないかと思ったよ」
そう語る小さな魔法少女は、体と口から血を垂らしながら手の中に何かを持っていた。
「私のソウルジェム!」
「そんな憎しみの象徴みたいな場所にぶら下げるから制御できなくなるんだ、どうだ、周りの状況が見えるようになったか」
私以外のみんなはすでに戦意を喪失していた。それどころか私の狂乱っぷりに怯えを感じているものもいた。
そして私の頭の中には突然、周囲を気にせず、ただ相手を殺そうと暴れる私の様子が第三者視点でフラッシュバックした。
「全く、シオリが体で受け止めてなかったらあんた完全に帰ってこれなくなってたよ。それに、あんたが、ここまで正常じゃないことも、うっ」
シオリと呼ぶ小さな魔法少女は膝をついて吐血してしまった。
彼女の脇には私の武器と同じくらいのくぼみができていた。きっと骨も何本か砕けてしまっただろう。そんな様子を見せる彼女の前で私は追撃を加える気にはならなかった。
「これ以上攻撃しないのは懸命だ。ここで感情のまま動けば、あんたはいよいよ居場所を失う。感情のまま動き、皆の首を絞め、破滅へ進み続けた原因はいままさにあんたが体現させた」
シオリという魔法少女は重傷にも関わらずよく喋った。彼女が発する言葉が重なるごとに私には別の感情が襲いかかってきた。
「怒りに任せてキュゥべぇを追い出し、怒りに任せてその代償を神浜という街に押しつけに来た。そして怒りに任せて魔法少女が救われる可能性を潰そうとしている。だからシオリは止めたのさ、あんた達を!
正気に戻りなよ、な」
シオリはすでにまともに立っていた。血も止まっていた。
しかし私の中では後悔と自負の念がグルグル回っていた。なにもかも、私のせいなのかと。
今まで怒りを原動力としていた私は、この一瞬で原動力を全て奪われたかのように抜け殻だった。本当に、一瞬で何かが消えてしまったかのようだった。それは大事だと思っていた、何か。
その隙間に入り込んできたのは、死にたいという感情だった。
平穏を求めていたのに、求めれば求めるほど破滅へと導いてしまうのなら、私は。
「私を殺しなさい。私がここまでの悲劇を招いたというのであれば、早く殺しなさい!じゃなければ私は、同じことを繰り返してしまう」
「なに、言ってるんだ長女さんよ」
中心地から聞こえてきた声は糸から解放された次女だった。
「私はあんたのものになったはずだ。死ぬのが責任逃れって言うならば、私だっていまここで死ぬよ」
「ひかるも同じっす。長女さんがいなきゃ、ひかるは生きてる意味がないっす」
「みんなに残されたら私もどうしようもなくなっちゃうからね、みんなが消えちゃうなら私もともに行かないとね」
私の死は、みんなの死であることを思い知った。こんなにも、みんなは私を中心として動いてくれていた。
「そう、そう言われると死に辛くなるわねぇ」
シオリという魔法少女は座り込んだ私と目線を合わせるように目の前へしゃがみ込んだ。
「呪縛から解放されたわけではないだろうが、あんたは生き続けるんだろ」
そして彼女は私の前に私のソウルジェムを差し出してきた。
「受け取りな。あんたがまだ生きたいと思うならね」
「当たり前よ」
私は静かに私のソウルジェムを手にとった。
そして私は立ち上がってみんなに伝えた。
「一旦引くわぁ。今後のことは、仮の拠点に戻ってから考えましょう」
二木市の魔法少女たちは笑顔でうなづいた。
傷だらけの次女の肩を持ち、その場を去ろうとすると、三女の方で戦っていた魔法少女が私たちに話しかけてきた。
「あの、これ持っていってください」
手の中にあったのは5つのグリーフシードだった。
「こんなにたくさん、襲い掛かったのはこっちっす。そんな大事なもの受け取れないっす」
「好意は受け取るものよ、貰っておきなさい」
「なら、いただくっす」
私は次女の肩を持ちながら立ちはだかった三人の魔法少女の方を向いた。
「今回の件である程度頭は冷えたわぁ。それでも神浜には目的があるから引かない。そしていずれは、あなたたちと決着をつけるわぁ」
「そうか、ならば名前を伝えておこうか。私は日継カレンだ。楽しみに待っているよ」
「シオリのことはシオリって覚えてくれればいいよ」
「私はピリカって言います」
「私は紅晴結菜。私のことだけ覚えておけばいいわぁ」
「そうか、では結菜達、またいずれ会う日まで」
「イライライケレ。お大事に」
こうして私たちの目的は神浜の魔法少女へ苦しみを与えるという目的から、魔女化しないシステムを手に入れるという目的が最優先順位となった。
あのシオリという魔法少女が言っていた通り、私は怒りに飲まれて抜け出せなくなっていたのかもしれない。
そして私の威圧に流されるがままだったみんなのまともな声も聞くことができた。
あのまま進んでいたら私たちはどうなっていたのだろう。
そう考えを巡らせている中、三女からは対面していたピリカという魔法少女と情報交換を行っていたという。
まず魔女化しないシステムというのは決して手に取れるものではないと伝えられた。
しかし彼女たちは神浜にある魔女化しないシステムを世界に広げる算段が整いつつあるという。
そして彼女たちの本当の目的は、人間の考え方を崩壊させること。
魔法少女による魔法少女らしい魔法少女のための世界を目指しているという。
いずれは、私たちも必要になるとそうも言っていたらしい。
「いいじゃない、皆の傷が癒えたら向かうわよ、神浜へ」
私の中にこだましていた魔法少女の悲鳴は日に日に小さくなっていた。何故だろうか、今まで治る様子なんてなかったのに。
もしかすると、ソウルジェムを奪われた時に何かされたのかもしれない。
だとしても、聞こえなくなったとしても、悲劇が繰り返されたことは忘れない。
忘れずに生きていくことが、きっと私にとっての償いなのかもしれないから。
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