私はこの世界で仲間とともにいろんな世界を観測し、調査し、記録を行ってきました。この世界を支配するモレウの概念により、ここまで来れたのは、みんながいたからだと思います。
とある2人は、歴史から抹消された事件で生き残り、路地裏で私を見つめていました。
とある1人はオンラインゲームと属される世界のモンスターとして紛れていたこの世界の仕組みから逸脱した存在でした。
そして、とある1人は崩壊するサンドボックス型の世界から意識が消失する前に連れてきました。
選りすぐったわけでもないのに、自然と集まってしまった私たち。
最初はいろんな世界に行って楽しむだけだった次元遡行もいつの間にか、この世界の真実を探るための行為となり、挙句の果てにはここまで来てしまったのです。
きっと、触れてはいけないものに触れてしまったのでしょう。知ってはいけないことを知りすぎたのでしょう。
私から見えるのは、水越しに見える2人の姿。
見覚えは、ないです。
でもどこか懐かしく、憎らしく思ってしまう2人の姿。思い出そうと思っても濃い霧のように右も左も分かりません。
見つからない。見つからないはずがないのに見つからない。いったい何が私の能力の邪魔をするの?
しかし、なぜか込み上げてくる罪悪感。
この世界で起こしてしまった事件は、私のせいだと、それだけはわかる。とてもだが、ここから出ようとも思わない。ここでこうして、罪を償うことしか私にはできない。
それでも、動かなきゃ始まらない。
私の意識はいくつもの自我が混ざったように混濁した思考となっていやがった。
「ソラノメモリー、これさえあればこの世界はどうでもいいの」
2人いたうちの1人がうなだれながらこちらに向けて独り言を話していた。その声を聴いていると、1つの意識がはっきりとしたのです。
だから、今度はこの力で守らないといけないんだ。
怒りや後悔の意識はすっかりと無くなり、1つの意識が私を支配しました。水中を前に向かって進むとガラスのような何かに触れてしまい、ここから出ることはできないようです。
そして、私の目の前にいる彼女は向こう側からガラスに触れ、私を見つめてこう言い放ったのです。
「お願い、答えて・・・ソラ・・・!」
青空の下、いつも植物へ水をあげているのはアルくんだ。早起きさんは心も豊かなのかねぇ、アルくんは気配を察知したのかこちらを向いて笑顔で挨拶をした。「おはよう、つづりさん!」
私も挨拶を返し、他の2人の行方を聞いた。
「カナとソラさんは?」
「カナデさんは朝食の調達に行っていて、ソラはまだ寝ているみたい」
アルくんが呆れたように言っていたので、どうやら元々朝食準備はソラさんが担当だったらしい。
なら、私は朝の挨拶担当になろうじゃないか。さて、どう起こしてあげようか。
この世界の睡眠は、実はそこまで重要ではない。記憶の整理の必要もなく、遺伝子レベルで睡魔へと誘うわけでもない。あえて目的があるといえば、夢を見るため。
夢の邪魔をしちゃうけど、起きてもらわないと始まらないしね。
さて。
ソラさんが眠っている部屋の扉を開き、足を一歩踏み出したとき、空に閃光が走った。その光は家のガラスを突き破り、私の目の前の床の木材を吹き飛ばして現れた。
顔が思いっきり床にめり込んでいる。なんで朝食担当代理が空からICBMのように飛んできたんだ。
「イッたい。いやー、ここまで朝食ゲットが大変とはねぇ」
顔をめり込ませながら独り言を言っている。何があった、カナ!
「イッたい、じゃないよ!びっくりした上に少しズレていたら一体化するレベルで激突するところだったんだけど!」
「何そのたとえ・・・」
床からすっぽ抜けた顔には呆れた顔があった。いったい何度見たかねその顔は。しかもこれまでのことがあってまだソラさんは寝てるし。
「朝食担当代理、メニューはあらかじめアルくんから聞いていたはずでしょ?引き換えの要求も知っていたはずでしょうに」
体を重たそうにカナは立ち上がり、木屑を払ってキリッとこっちを見た。
「うん、しっかりとメモは見たよ。そしてしっかり料理の段階まで行った。問題はそれからでさ」
「問題?」
朝食調達の手順に問題はなかったようだ。それなら何かトラブルに巻き込まれたって感じかな?
考えを巡らせていると、すぐにカナは話しはじめた。
「いつも通り和食料理が得意なミヤビさんに頼んだんだけど、そこで拳の使い手ミノとばったり出会っちゃったというわけ」
どこの世界に好戦的な者がいる。ミノは相手と拳を交えることで相手と気持ちを共有できる能力をもっている。適当に拳をぶつけ合えばいいのに、ミノは拳の交え方の実験といって多くの人々に全力でぶん殴ってくるという。最近は相手に了解を得ることを学んだらしいが、カナはなぜ吹っ飛ばされたんだか。
「断ろうとしなかったの?」
「そりゃ断ったさ。でも交換条件が現実味のある噂って切り出されて、気になっちゃってね」
現実味のある噂
このように言われると大抵は疑ってしまうが、ミノの親友に情報屋がいる。おそらくその情報屋からもらった情報だろう。あの情報屋の情報には何度も助けられているし、信用できると考えるのは容易なことか。
「それで吹っ飛ばされるとか本末転倒じゃん」
「うーん、あの右ストレートはすごかった。心の中に何かが流れたかと思ったら1人をミサイルにするほどの一撃を放つとは」
もはや気持ちを共有させるという域を超えた右ストレートな気がするが、報酬となる情報を逃すのはもったいない。私もついていくか。
「んじゃ、朝食を取りに行くときにでも右ストレートの報酬を聞きに行こうか」
「そだねー」
話をしていると慌てた顔でアルくんが下から駆け上がってきた。
「ちょっと、なにがあったの?カナデさんが顔だけ天井からのぞかせたときは思考が止まっちゃったよ」
そうか、顔が一時床にめり込んだんだっけ。確かに衝撃とともに顔だけ覗かせているってかなりホラーだよね。誰でも思考は止まるわ。
「右ストレートでミサイルになっちゃったんだって」
「え?」
「いろいろ端折りすぎでしょ」
カナのツッコミを受けていつも通りな気がしてすがすがしい。
3人で話していると、ソラさんがむくりと起き上がった。まだ覚醒中なようで、目の前の状況を確認しているようだ。
「おはよう」
挨拶担当の私は、逆にあいさつされてしまったのだった。
3人から挨拶を返されると、椅子に座って寝ていたからか長めの伸びをしたソラさんは改めて周りの状況を確認した。
しばらく周りを見て見ていたソラさんをよそに、アルくんはドアのほうへと歩きながら止まっていた話をつづけた。
「それで、どうしてこうなったの」
困り顔になるのも無理はないよね。
私がカナの経験したことを話している間に、アルくんはこちらに耳を傾けながらこの部屋に修復のコードを実行した。
この世界の建物は質量をもった粒子体からできていて、間取りや建物の大きさを変えることはできないが、壁紙や傷、崩れてしまった部分はあらかじめ決められたコードを建物に触れながら心で唱えると、粒子が反応して修復、再構築を行う。
ここまでの顛末を話し終える前に部屋の再構成は完了した。
「どっちにしろ朝食を食べないと始まらないし、4人みんなで行こうよ。ね、ソラ」
「そうだね、みんなで行ったほうが情報共有にもなるし、確か私が朝食担当だったはずだからね」
立ち上がりながらソラさんは話し、腰に手を当てると
「で、アル。朝食メモは?」
私が行ったからこうなったんだよなぁ。
きっとそうカナは思ったのだろう。まあ、ミノのことしか話さなかった私が悪いんだけど。
私のおとぼけ発言についてああでもないこうでもないと話をしている間に、私たちは家を出て料理人が集まる地区『ヨシペル』へと向かいました。
私はこの世界のことを思い起こしながら私はいつもの見慣れた風景を見つめました。
ここはファミニア。
この世界では今日のような出来事は日常茶飯事です。
この世界の住人は必ず1つの能力を有していて、モレウの概念に支配されています。
能力をもっているとはいえ、能力に関係あること以外の知識、技能は欠陥レベルで扱うことができません。そのため、私たちのようにチームを作ったり、コンビを組んで助け合うのがこの世界では普通となっています。
今、料理人のところへ向かっているのも、この世界での料理は料理を作る能力をもった人たち、食料を生産できる人たちがいて初めて手に入れることができます。
アルのメモに書かれている朝食のメモには、その日に食べる料理の内容、その材料を渡してくれる人から提示された取引内容、その達成に必要なことが書かれています。
今日はおにぎりなので米と海苔。
まあ、カナデが私の代わりに達成してくれたみたいなので、あとの内容は気にする必要はないでしょう。
おにぎりを素人が作ろうと思えば作れますが、そこから得られる感情エネルギーは微々たるものです。
感情エネルギーは、生死を分ける大事な要素です。
モレウの概念によってこの世界の人は一定の段階で成長が止まり、細胞の老化、排泄といった概念もありません。その代わりに大事となってくるのが感情エネルギーです。
感情エネルギーが枯渇すると怒りっぽくなり、最終的には狂気に陥り、理性と人格が崩壊します。つまり、死を意味します。
そんな感情エネルギーについて思い起こしていると、話が一区切りした3人が新たな話題を切り出していました。それは、夢についての話でした。
夢
夢は睡眠という状態に入って一定の確率で見ることができるというものです。夢の内容は喜怒哀楽、風景も、周りの人もランダムで、とても複雑な構造をしています。
その複雑さ故に、たいていの場合は見たとしてもほとんど覚えることができません。
しかし、私の能力はすべてを記録する力。
夢の内容を覚えるのは容易なことです。今回見た夢は、特別あやふやな内容でしたが。
私が夢を見たのは、この世界にはないはずの睡魔が私に襲いかかったからです。おかしなことが起こるこの世界ですが、このことについては摩訶不思議。
カナデがいうミノの知っている『現実味のある噂』に少々期待を込めていたのです。
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