ペンタゴンの中庭で願いを唱えた後、どうなったのか。
記憶がぷつんと途切れていた。
閉じた覚えがない目を開けると、そこは豪勢な中庭で植物が生い茂っていて白い石畳の先には花が浮かんだ噴水があった。
周囲には蝶と見覚えがある希望の光が浮かぶ中、場違いな真っ黒なトカゲが赤い目を向けながらこっちにこいと言わんばかりにこちらを振り向いていた。
私がトカゲの後を追っていると、中庭の屋根がある場所で見覚えのある人物が椅子に座っていた。
「お前が円環の理か」
そう尋ねると見覚えがある存在は黄色い目を向けてきた。
「まさかここまできちゃうなんて。私と繋がりを持ちすぎちゃうから・・・」
その見た目は鹿目まどかで間違いなかった。
「私にはお前が知っている人物にしか見えない。概念っていうのは好きに姿を変えられるのか」
「いいえ、円環の理は鹿目まどかの一部よ」
そう言って黒いトカゲが円環の理の横まで移動すると今度は黒いこれまた見覚えのある存在へと姿を変えた。
「暁美ほむら、その魔力は私たちを殺そうと神浜の奴らを誘導した存在の一つだな?」
「あの世界の私がそう望んだから手助けしただけよ。
あの世界の私と私をつなげる要因を作ったのはあなたでしょ?」
「ただの結果だ。お前は円環の理のなんだ」
「かつて鹿目まどかという円環の理の核を奪い去ろうとした存在。今は円環の理の一部よ」
ゴスロリと言える格好をした暁美ほむらは赤い目で見つめながらそう答えた。
「まあいい。
私が概念と対峙できているのはつながりすぎたのが原因だろう?
元の世界には戻れないのか?」
「戻れるかどうかはここで決まっちゃうの。
あなたはこっち側に来るか、戻れるようになるかの境目にいるの」
「そうか。できれば戻りたいんだが何をすればいい?」
「「そのまま帰って問題ないよ」」
声が聞こえた後ろ方向を見ると、そこには肉体を持ったピリカとシオリがいた。
「お前ら、なんで」
「カレンが繋がっているならば」
「シオリ達が繋がっていると同じでしょ」
カレンは円環の理というものがなんなのか繋がったことで知識は持っていた。
別世界での因果律が途方もない量で願った鹿目まどかの結果、それが円環の理。
ほとんどの次元では円環の理によって魔法少女達は魔女化する前に魂が回収される。
そのため円環の理に集まる魔法少女の情報はさまざまな次元での情報が反映されている。
だからあえてカレンは2人へ尋ねた。
「お前達はどの世界の存在だ」
「私はカレンに助けてもらう前の世界の記憶を持っている。
絶望はしても両親やコタンの仲間の無事な姿を見せられてわずかな希望で円環の理の一部になった私。
でも今目の前にいるのはカレンと共に過ごした私」
「シオリはほとんどの次元で飛行機の破片で貫かれながら本当の両親なのかわからない2人に呪う必要はないと宥められて妥協し、円環の理の一部となった。
シオリにとってはカレンに救われた世界が一番さ。
ということで目の前にいるのはカレンをよく知るシオリだよ」
「そうか。
下手に延命させてしまっただけで申し訳なさまであったが」
「何言ってるのさ。
シオリの魔女は円環の理に回収されるまではインターネットに張り付いているだけのつまんないやつだったし、魔女になるより全然マシさ」
「私の場合は生きて両親がいるコタンへ帰れたのはカレンと出会った世界だけだった。
それだけでも嬉しいことだよ」
「そうか、余計なお世話ではなかった時点で良かった」
カレンは円環の理へ振り返った。
「3人で戻るということは叶わないのか」
「あなたはあの世界で一つのソウルジェムの許容量を超える量の希望を受け取った。
普通とは違うソウルジェムみたいだけど、だとしてもソウルジェムを無事に保てるのは一つだけだった。
私もしっかりサポートしたんだけど、ごめんね」
「だからそのまま帰れと言ったのか」
「あの世界にカレンは必要だ。
次元改変とやらにカレンは関わっているのだろう?つづりから聞いたよ」
「あの世界ではカレンを求めている人がたくさんいる。
だったら尚更だよ」
そして私には死ねない理由がある。
妹といつか会えることを。
「悪いな。
したっけ失礼させてもらうよ」
「うん、いつでも待っているからね」
ピリカのその言葉が引っかかったが、中庭を出るようまっすぐ進むと目の前が真っ暗になった。
その後は別のページにある通り、元の世界へ戻ったのは私だけだった。
それからしばらくはサピエンスの後始末と人間移住のためにカルラと共に行動していた。
そして人間の追い出しが完了するまでの間に私はつづりと再会した。
「この世界最大の歪み『イザベラ・ジャクソン』の排除お疲れ様です」
「あれは一体なんだったんだ。この世界が生み出したものなのか」
「イザベラはあなたの歪めた世界を帳尻合わせするためにこの世界が生み出したものの一部です。
本来であればイザベラの母 シャルロッテがその役割を担うはずでしたが、彼女はあなたを追うのではなく私情を優先してその役割が娘へ引き継がれた。
あなたがこの世界に来なければ、アンチマギアや彼女たち二人も生まれはしませんでした」
「しっかり人生があったやつなのにこの世界に生み出された存在だなんて。
神様が用意したのか?」
「神様なんてどの世界にも存在しません。
この世界で生み出されているものは、防衛機構 『シナリオライター』と呼ばれるもので作りだされたものに過ぎません。
円環の理というものでさえ、シナリオライターに用意されただけのもの。この世界で生まれた存在は絶対にシナリオライターにかないません。この世界では「意思」ともよばれていたそうですね」
「そんなものに、私は抗えたのか」
「お手柄です。
あなたのおかげで、シナリオライターに抗える可能性が示されました。
次元改変の拡大防止と阻止を他の世界でも促してみるとします。
ありがとう」
「私は褒められたことなんてやっていない。
つづりが時々ちょっかいを出しに来ていたからこそできた結果だ。つづりがいないと抗えなかったさ」
「私はあなたの補助をしただけですよ。あなたがこの世界を救ったのが事実・・・。
そうだ」
つづりは一つだけというジェスチャーをとった。
「カガリさんを連れてくる前にもう一度円環の理に会ってくれますか?
あなたがこの世界で発生させた改変が別次元の鹿目まどかに関わる世界へ歪みを生み出し始めています。
この世界の導き手となるために円環の理から事情を聞いてください。
カガリさんと会わせるのはそのあとです」
「その歪みとやらも、シナリオライターのせいなのか」
「そうです。シナリオライターの意地でも自分の筋書き通りに戻そうとする強硬手段が、次元改変に繋がります」
「厄介なものだな、防衛機構というくせにめちゃくちゃにするなんて。
まて、円環の理に簡単に行けるのか、私が?」
「繋がったあなたならよく知っているはずです」
繋がり方にはなぜか覚えがある。
円環の理との縁に意識を集中させるだけで、すぐに見覚えのある中庭に来てしまった。
「嘘だろ…」
「やっぱり、すぐに戻ってきた」
ピリカにそう言われても私は唖然とした顔を変えられなかった。
「もう、行き来自由になっちゃったのはほむらちゃんだけだと思ったのに」
円環の理は困った顔を見せていた。
「容易に繋がっちゃうからだよ、概念になっても甘いんだから」
そう言うのは円環の理の隣に立っていた美樹さやかだった。
「円環の理には随分と多彩な姿があるのだな」
「そう言うあんたらも繋がったんだから円環の理の一部ってことになってるよ。
ほむらやなぎさみたいにあっちこっちに好きに行き来できるんだから困っちゃうよ」
「シオリとピリカも、自由に生き気ができるのか?」
「そう、その2人も自由に行き来できちゃう。
ソウルジェムと肉体がなくなっているから円環の理に用意してもらわないといけないけどね」
「そうかい。
円環の理っていうのはなんでもありだな」
「レコードを壊さない程度にしないといけないっていう制約はあるよ」
「そのレコードに関する話だが、レコードが破壊されるほどの歪みが発生していると聞いたのだが」
「聞いたって誰からさ」
「私のスポンサーからさ」
「さやかちゃん、協力してもらおうよ。私たちじゃ手に負えないものだったし」
円環の理の掌の上には6つのヒビが入り始めているレコードが出現した。
そこへピリカとシオリも寄ってきた。
「あまり近づかないでね、すぐにでも壊れちゃいそうだから」
「このレコードが一つの世界ってこと?」
「そう、そして少なくともこれらの世界には起こるはずがない変化が起こり始めているの。
変化の発生源は、カレンさんのいるマギアレコード。
それが分かっても対処の方法がわからないの」
「それは次元改変というやつだろう。
私たちの世界で無理やり次元改変を止めたから他のレコードに飛び火した。
で、対処できないとはどういうことだ」
「この6つのレコードは円環の理が触れてしまうとすぐに壊れてしまいそうなマギアレコードの複製された存在。
その世界に干渉した痕跡を残しちゃうと、レコードの歪みをかえって大きくしてしまうから手の出しようがないの」
「歪みの原因までは調べがついているの?」
シオリがそう聞くと円環の理は首を横に振った。
「円環の理って無能か?」
「ふざけた事言うんじゃないよ」
「事実を言っただけでしょ?」
シオリとさやかが睨み合っている中、私が歪み始めているレコードの一つへ触れると動画のシークバーをいじるかの如く好きな時間を覗くことができた。
覗き見たレコードでは神浜でワルプルギスの夜の討伐に失敗していた。
失敗原因を辿ると由比鶴乃を救えなかったことが大きな原因となったようだった。
救えない理由もさらに遡ることができた。
私は円環の理を見て思わず言ってしまった。
「なぜこの程度もできない?」
「できるあんたがおかしいんだよ!」
さやかが怒りっぱなしだが、私にやりようがあるということは判明した。
「元は私が世界を乱したのが原因だ。
しっかり修正はさせてもらうよ」
「原因がわかったところで痕跡はどうするのさ。
あんた達も円環の理の一部って言ったでしょ?」
「スポンサーの技に痕跡を消せるものがある。
当てはあるってことさ」
円環の理とさやかが驚いて黙ってしまったあと、円環の理が話し始めた。
「わかった。カレンさんに一度任せてみるよ」
「したっけ行動に移らせてもらうよ」
私は元の世界へ戻ってからつづりへ縁切りを教えるよう伝えたが答えは想定とは違った。
「無理。」
「そんな言い捨てるように言わないでくれるか」
「縁切りは私たちの世界で扱える能力で、それを別の世界の住人へ伝授するにはその世界に則って取得できる素質がなければいけません。
夏目かこは再現の力のおかげで取得でき、柊ねむは具現の力で縁切りの力をこの世界で具現化できたのです。
あなたは繋げるだけ。だから素質がないということです」
「柊ねむか。そういえばあいつも使えたか。
夏目かこを別世界へ連れ回すわけにもいかないし、ウワサとやらで複製できるか試してもらうのもありかもしれない」
「むしろウワサを活用する方法しか許しませんよ。夏目さんを連れて歩こうとするところで止めます」
「わかっているさ」
私は神浜で柊ねむがいるシェルターを訪れた。
シェルターには都合よく柊ねむしかいなかった。
「珍しい客人だね。何か用かい?」
「1人だけなのか」
「ここ最近は特にね。
それで、世間話を持ち込んできたわけではないのだろう?
どんな厄介ごとを聞きにきたんだい?」
「お前は縁切りという力を使えるらしいな。つづりから聞いた。
その縁切りをウワサで私にも扱えるようにしてほしい」
「驚いたね、まさかつづりとの関係者だったとは。
ならば尚更知っているはずだ。ボクがつづりから縁切りの力を受け取ったのは日継カレン、君たちの神浜での暴走を断ち切るためのものだ。
君たちを律するために与えられた力を求めるというのであれば、ボクは必要となる事情を把握する義務がある。
そうは思わないかい?」
「素直に進む話ではないか」
「当然だ」
私は少し悩んだが、柊ねむへ円環の理のこととなんのために縁切りが必要であるのかを全て伝えた。
そして知ったからには全てに協力してもらうことも伝えた。
話を聞く間、柊ねむは終始表情を変えなかった。
「円環の理か。
ボク達を見守り続ける概念があるということは興味深い上に、パラレル世界がレコードとして存在しているという世界構想であることも理解した。
灯花が一緒にいなくてよかったよ」
「ことの重大さは理解してもらえたか」
「君が今どのような状況に置かれているのかはね。
だが君が今までにボク達へどのような振る舞いをしてきたのかを踏まえると、はいそうですかと一言では了承しかねる」
「…何を求めている」
「今魔法少女達の間で流行りの『依頼』を完遂できればボクは対応する、というのはどうだろうか」
魔法少女達の間では通貨というものを使用しない代わりに、依頼に答えて報酬として見合った物々交換を行うという行為が流行っている。
ケーキの素材は揃えるからケーキを作って欲しい。
農作業の手伝いを頼まれ、農作業は手伝うけど収穫分を一部分けてほしいと答える。
こんな感じのやり取りだ。
一方的に物をよこすような要求はあるにはあるが、好戦的な魔法少女によって決闘という形でしばかれるという共通認識も浸透している。決闘したがりでなければ滅多に起きない。
ただし理不尽な要求が行われる場合もあるため、互いが合意できるやり取りは必須だ。
「内容次第だが言ってみろ」
「最近はお姉さんやうい、更に灯花と4人が揃う機会というものがめっきり減ってしまってね。
君には1日中4人が揃ってゆっくり過ごせる機会を作ってもらいたい。
この依頼をこなせたら、君でも縁切りが使えるようウワサを生み出してあげよう」
「その3人へここで話したことを漏らさないだろうな?」
「ここでのやり取りの秘匿は保証しよう。
そうだね、この発言を信じてくれることも追加の依頼としよう」
「言ってくれるじゃないか」
「それで、君はどう対応してくれるんだい?」
「依頼は受け入れよう。
4人集まれる機会というのは、場所と時間に指定はあるか」
「そうだね…」
柊ねむは最近のやりとりを記録していたのか、付箋や文字がたくさん残されたノートをしばらくペラペラとめくりながら考えていた。
そうしている間に覚えのある魔力反応が迫ってきた。
「ねむちゃん、今いいかな」
部屋に入ってきた環ういは私の姿を見て固まってしまった。
「おやおや、タイミングがよろしくなかったね」
「えっと、なんでカレンさんがここに」
「柊ねむへ頼み事に来ていたんだ。
用があるなら先にどうぞ」
「いえ、ただお話ししに来ただけだから頼み事の話を進めてもらっていいですよ」
環ういがそう話す後ろにはワルプルガが隠れていた。
そんなワルプルガへ私は話しかけた。
「時が経っても環ういについてまわっているのか」
「お母さんの手伝いをするのがちょうどいいからね。
1人だけでいるのは不安だし」
「そうかい、それでワルプルガが幸せなら私は何も言わないよ」
「まあ今回の依頼はういにも関わることだ。2人も混ざるといいよ」
「え、いったい何をやるの?」
柊ねむはういとワルプルガへ私の頼み事と円環の理についての話は伏せて、4人が集まれる機会を作りたいという話だけを伝えた。
環ういは快く話を受け入れ、柊ねむと共にどこで1日過ごしたいのかについて話をはじめた。
私は話を聞くだけであったが、とりあえず集まる場所と日は決まった。
「そういうわけだ。カレン、お姉さんと灯花が安心して集まれるようよろしくね」
「わかったよ」
環いろはが忙しい理由は、神浜で他の魔法少女がやりたがらない掃除や問題解決に対応しているから。
里見灯花が忙しいのは人間移住に参加して人類を月に送るためのロケット開発や実験に夢中だから。
里見灯花に関しては説得一つで解決したが、環いろはは簡単にはいかなかった。
人間でも大勢を動員して行っていた掃除や水道管理、治安維持活動について他のみかづき荘メンバーと共に実施していた。
悩み事相談は都ひなのたちが受け持つようになったようだが、ルールを設けることは支配者を産むという考えから、明確に誰に任せるといったものは決まっていない。
その為、環いろは側から首を突っ込むことが多い。
予定を空けることを相談しても。
「どうしよう、指示とかそういうのやっちゃいけないんですよね?」
と言って誰かに任せようとしない。
普段ならば勝手にしろと言いたいが、依頼達成のためにそうはいかないのが辛い。
七海やちよへ依頼形式を使わないのか伝えたが。
「依頼に対してのリターンを私たちから提示できるものがないのよ。
掃除をやってくれたら何を与えられるか。
何かやったら必ずリターンがあるという仕組みは良くないわ」
「単純な協力の呼びかけに答えてくれないくらい、ここの住民は非情なのか?」
「呼びかける方法がないのよ。マギアネットワークも整備中でしょ?」
「遠慮が過ぎるのか頭が硬いのか…」
私はこれから何をするのか環いろはと七海やちよへテレパシーを送った後に、神浜全域へテレパシーで伝えた。
[神浜にいる全員へ。
環いろはにフリーな日を作りたい。
環いろはが無計画に受け持ったあれやこれやの解決に協力できる奴は明日の9時に電波塔跡地へ集まれ!]
次の日、電波塔跡地には見慣れた顔がたくさん集まって環いろはが抱えていた物事はあっという間に割り振られて環いろははフリーとなった。
「いろはさん、協力して欲しい時はいつでも言ってくださいよ!みんな結構暇なんですから」
「れいら、他の人に失礼でしょ」
伊吹れいらの言葉で環いろはは少し救われたのか笑顔を見せた。
これで依頼が完遂できるようになり、柊ねむ達5人は南凪の噴水公園へ集合した。
環いろは以外の4人は年月が経ったことで18歳くらいの見た目まで成長していて、衣服もおしゃれな物を着ていた。
「いやぁ、白衣以外を着るのは久々だよ」
「私も混ざってよかったの?」
「ワルプルガちゃんも歓迎だよ!」
「なんか私だけ地味で恥ずかしい…」
「お姉さん、今日はボク達で楽しむ日だ。お姉さんはお姉さんらしい格好で良いと思うよ」
「そう、かな?」
「ほらほら、今日はたくさん楽しもう!」
環いろは達が動き始めた後、私は邪魔が入らないよう遠くから監視を行っていた。
環いろは達が見滝原の魔法少女達が営む喫茶店で楽しくおしゃべりを楽しんでいる頃、私の近くには七海やちよ、夏目かこ、佐鳥かごめが集まっていた。
ここに来るまでに次々とついてきた結果だ。
「なんで着いてくるんだよ…」
七海やちよは
「いろはが楽しめているか見守るためよ」
夏目かこは
「あなた(カレン)が余計なことをしないか見張っているのですよ」
佐鳥かごめは
「この素晴らしい時間を記録に残すためです」
私は呆れてしまった。
「お願いだから全員どっか行ってくれ」
環いろは達は喫茶店を出た後、神浜周辺を巡った。
その間について回っていた3人は各々の都合で私から離れていった。
日も落ちる頃、万年桜のウワサというものの入り口があった森林の先に5人が集まり、いきなり環ういがテレパシーで私を探し始めた。
[カレンさん、聞こえていたら私たちのところに来てくれますか?]
私は嫌な予感がしていた。
柊ねむの依頼を利用してあの5人は私に何かを仕掛けようとしている。
私はテレパシーを返した。
[どういう事だ。柊ねむの依頼は既に達成されたはずだ]
[君にその報酬を渡すために必要な事だ]
[・・・柊ねむ、貴様は口が固かったのではないのか]
そう言うと、柊ねむからテレパシーでつづりとのやり取りが脳内に流れてきた。
柊ねむと接触したつづりは柊ねむだけが秘密を所持していた世界は失敗したことを告げていた。
環姉妹、里見灯花、柊ねむの4人が秘密を持つことなく過ごす世界であることが世界を壊す要因を防ぐと言っていた。
私は事情を理解して5人の前に姿を現した。
そして環ういへ尋ねた。
「これから知らされること、ワルプルガも巻き込む気か?」
環ういではなくワルプルガが答えた。
「私のことは気にしなくていいよ。
巻き込まれたことについてはしっかり言うことを聞くよ」
話していると私たちを取り囲むように黄緑色の円が光り出した。
その後すぐに目の前は真っ白になり、視界が晴れた頃には見覚えのある空から地上を見下ろせる空間にいた。
そして前方にはつづりが待っていた。
周囲にはさっきのメンバーからワルプルガだけが消えていた。
「ワルプルガちゃん?!」
「ご心配なく、ここは元の世界とは繋がっていません。
ワルプルガさんを待たせることがない時間へお返しできるので、ひとりぼっちになるのは一瞬ですよ」
「そ、そうなんだ」
つづりを初めて見る環いろはは何が起きているのかがわからず口を開けたまま動けずにいた。
私は状況を整理するためにつづりへ尋ねた。
「さて、柊ねむ以外も巻き込んだ理由をしっかり教えてくれ」
「いいですよ。
あなた達5人はマギアレコードの世界を存続させるために欠かせない存在となっています。
誰かが欠けただけで、または誰かが秘密を持って1人で抱え込んだ時点で、マギアレコードや付随する別世界も破滅へ向かうようになってしまっています。
柊ねむだけではなく他3人を呼んだ理由はそういうことです」
「まあ私は事前に話を聞いていたからいいけどさ、聞きたいことは山ほどあるんだから」
里見灯花がそう言っている後ろで環いろはは蚊帳の外だった。
「環いろはさん、今目の前で起きていることは受け流してもらっていい。
4人でここで起きたことを知ってもらうことが大事なので」
「えっと、はい…」
「柊ねむ、依頼の報酬を頼む」
「…つづり、ここは自動浄化システムの影響を受けるでいいのかい?」
「大丈夫ですよ」
「その言葉を信じるよ」
柊ねむは魔法少女姿となって、武器として使用している本を開いた。
本が1人でに開くと中から光る紙が飛び出してきて、ハサミを持った妖精が体現されていった。
「縁切りの物語から飛び出した君は数多の時空を跨ぐことになるであろう。
君はそんな時空達との縁を断ち切る」
縁断ちバサミのウワサ
柊ねむによって生み出されたそのウワサの魔力は私へまとわりつき、目の前に浮かび上がって一つお辞儀をすると星を出して消えてしまった。
柊ねむはウワサを作ると必ずドッペルを出すほどの魔力を消費していたようだが、その大量の穢れは私が受け止めた。
柊ねむがドッペルを出さないことに他の3人は驚いていた。
「あれ、ドッペルが出ない」
「私が全て受け止めたからな。フィラデルフィアのコイルを使うよりは少ないのだな」
「カレンはそんな気遣いできたんだ」
「さて、依頼も完了して報酬も受け取った。
だが4人には言っておくが、円環の理について触れさせたり私がやろうとしていることにはかかわらせる気はない。
特に里見灯花、お前には円環の理に触れようとした前科があるらしいな。
絶対に触れようとするなよ」
「そんなこと言われても困るんだにゃー」
「土産話だけは聞かせてやる。
だからこの件を外部に漏らさないことも関わらないことも約束してくれ。
そういうことが起きている、あるという事実だけを知るで留めて欲しい」
「いいよ、わたくしも大人になったししっかり報告してくれるなら手を出さないよ」
「大人ねぇ・・・」
「何よねむ」
「要件は終わりですかね、では元の世界に戻しますね」
そういった後つづりは持っていた槍の石突で床をたたいた。
その後、私たちは元々いた場所へ戻っていた。
あれから私は一つのレコードを修正した。
その結果を見て私は今後も円環の理を通して別世界の歪を修正して回ることになった。
その報告をつづりへ行うと、ついにカガリと会えるようになった。
どの世界とも切り離された空間で、私は下に見える世界を座って見ていた。
そうしていると、背中の方で黄緑色の光が見え、その瞬間に懐かしい声が聞こえた。
「お姉ちゃん!」
声がしたほうを向くと、つづりの隣に記憶の中にあったよりも大きくなった妹の姿があった。
私より低かった身長は私を超し、髪は束ねているものの全体的な見た目はピリカに似ていた。
やっとだといううれし涙がをこらえて、私は妹へ声をかけた。
「久しぶりだね、カガリ」
カガリはそのまま走ってきて私へ抱き着いた。
それはカガリが実体ある存在だと気づかせてくれていて、昔のようにカガリの頭を撫でた。
「すっかり私よりも大きくなって。顔の面影以外別人みたいじゃないか」
「お姉ちゃんの見た目が変わらなさすぎるんだよ。
記憶の中にある姿とほぼ一緒だからびっくりしたよ。でも、その右手は別の意味でびっくりしたよ」
私の右手はアンチマギア製の刀で切られてからまだ再生できるほどアンチマギアが抜け切れていなかった。
そのせいがあって糸でつなぎ合わせながら糸で腕と指を動かしている状態だった。
「この世界で苦労した結果だよ。
ここには邪魔をするものもないし、山ほど積もったお互いの話をしようじゃないか」
「うん!」
切り離された空間にはつづりによって椅子が2つ用意され、そこで私はカガリが得意げに語り掛けてくる話を聞いた。
カガリは別世界に飛ばされた後、魔物を主導する邪神へ対抗するためにその世界の人間と一緒に戦っていたという。
その世界にはなぜか私たちが元々いた世界の神様までついてきていたらしく、神楽舞で魔物に対抗していたという。
「神も巻き込まれたって次元改変はとんでもないな」
「ほんとだよ。最初は神様も力を失っちゃってて、神楽舞を試すまでは人間と同じように一緒に過ごしたり、その世界の神様ともめ事になったりで大変だったんだから」
「それでも生きられているってことは邪神は倒したのか」
「一応ね。でも、お姉ちゃんには見せてもいいかな」
そう言ってカガリが立ち上がり、開示の舞と似た舞を踊ると、カガリの姿は青白いサキュバスのような見た目になった。
私はその場で驚いて立ち上がった。
「ごめんね、冒険している中でただの人間ではなくなっちゃったんだ。
体は魔物にされちゃったけど、心はいつもの私だよ。
こんな私でも、お姉ちゃんは妹だと思ってくれる?」
「大丈夫だ。今までの会話の中で見た目は変わってもカガリは私の妹に変わりない。
別世界でつらい思いをしてきたんだな」
「ありがと」
カガリは持っていた扇を閉じると見た目は人間に戻った。
「は~、一番心配していたことが問題なくてよかったよ。
ごめんね、私ばっかりおしゃべりしちゃって」
「全然かまわないさ。しっかりその世界の味方として動いていたようで何よりだ」
「お姉ちゃんはどう?見た目が昔と同じなのがとても気になってたの」
私はなまら話しにくかった。
まさかその世界にとって悪役となって地球から人間を追い出そうとする主犯になっているだなんて。
カガリに嫌われてもいいと思い、私は今までやってきたことを伝えた。
話を聞いていたカガリは、悲しげな顔をしたままだった。
話を終えるとカガリが一言口にした。
「お姉ちゃんが、人類の敵に・・・」
「嫌ってくれて構わない。人間や魔法少女を平気で殺してきたんだ。カガリの世界では悪魔と言われても当然のことをしてきた」
「受け入れがたいけど、お姉ちゃんを嫌いにはならないよ!
酷いことをしてきちゃったんだなっていうのはわかるけど、いま目の前にいるお姉ちゃんは、ちゃんと優しいお姉ちゃんだもん。
絶対嫌いになんてならない!」
私はほっとしたのかその場でうつむいた。
「そうか、そう言ってもらえると助かるよ」
そんな私にカガリは手を差し伸べてきた。
「気分転換に踊ろうよ!
ここだと躍るなって怒る大人もいないし」
私たちの世界では、私たちの踊りは神に刺激を与えるものとなってしまうため祭事以外に躍ることを禁じられていた。
踊りが好きなカガリにとってはとても苦痛な日々であった。
私はつづりの方を一度見た。
「ここでは気にしなくていいですよ。どこの世界ともつながっていないので、踊りによる効果はどの世界にも及びませんのでご自由にしてください」
「やったぁ!」
カガリが喜んでいる中、私はカガリの手を取った。
その後は二人で気が済むまで自由に踊り続けた。
周囲には黄色の光の粒が現れ、次々と天まで登って行った。
お互いに手をつなぎながら笑顔で、満足するまで踊り続けた。
お互いに元の世界に戻った後も、私にはカガリとの縁が見え続けていた。
そのおかげでなにがあっても心が潰れずに生きていくことができている。
頻繁にカガリと会えるわけではないが、縁のつながりがカガリの無事を伝え続けてくれる。
自暴自棄から始まったこの世界の活動が、いつの間にか別の次元含めた世界を守る側の活動になるなんて、昔の私には予想もできなかったことだ。
まさか今では生きたいと思う気持ちが強いだなんて。
生きようと思えるのは、心から大事にしたいと思える存在がいるが故なのかもしれない。
私はこの世界は好きではない。むしろ嫌いだ。
姉妹のつながりがあり続けている。
ただそれだけの理由で、私は生き続けている。
魔叙事詩カグラ・マギカ 続く・・・