人類史って、どんな道のりであったかご存知だろうか?
人類が知恵を持ち、組織で活動するようになってから同種同士の争いは今に至るまで終幕を迎えない。
そんな歴史の中で滅びもせず、種の存続が絶えず行えているのは争うのはいつも一部の人間だけだからだ。
争う理由はいくらでもあろう。
そんな争いも時代が進むごとに殺傷速度も、範囲も拡大していき、今となっては地球規模の破壊を行える兵器まで存在している。
それが抑止力となることで大規模な戦争は起きていない。
しかしそれはただの口上でしかなく、やろうと思えば指先一つで地球は滅びる。
これは人類の進化した結果として正解なのだろうか?
間違いであるならば修正するしかない。
たとえ歴史を覆す力が、魔法少女という化け物由来の力であったとしても。
ヨーロッパ 某所
「集団の魔力反応を確認。3日前に武器庫を襲撃した魔法少女たちだと考えられます」
「大人しく管理下に入ればよかったものを。何が彼女たちを反抗させるのやら」
「アンチマギア、準備が完了しました」
「よし、鎮圧マニュアルを実行しろ。いいか、できるだけ殺すんじゃないぞ」
森林の廃墟を取り囲むように軍人たちが侵攻を開始する。
その手には特殊な銃と特殊な粉末が含まれたRPGがある。
歩くたびに出てしまう草を踏んだ音、枝を擦る音を魔法少女たちが聞き逃すはずもなく、一瞬のうちに周囲の音が消えてしまった。
消えた音は空気の振動による音だけでなく、電波を伝ってくる音と呼べるもの全てがその場から失ってしまった。
異常事態にもかかわらず軍人たちは慌てることなくハンドサインでこの後の行動を共有していく。
1人のRPGを持った軍人が廃墟の上空目掛けてRPGの引き金を引く。
音が無いまま上空で爆散した弾頭は周囲に特殊な粉を撒き散らす。
すると、消えていたはずの音が元に戻った。
”なにgaza tあの、みんp、裏!-て!“
「ノイズがひどい。だが奴らは裏口から逃げるつもりだ。S班、洞窟を張れ」
現地にいる部隊長の指示に従ってS班は獣道が残る洞窟の前で待機した。
「N班、E班は引き続き鎮圧マニュアルに従って進軍せよ。N班は作った穴の監視も怠るな」
廃墟を取り囲む軍人たちは廃墟へ取り付き、内部にいる魔法少女の捕獲を開始する。
内部にいた1人の魔法少女は侵入してきた軍人へ小さな錨のアンカーを投げつけてきて軍人は脇腹を貫かれた。
「ここから先は通すものか!」
軍人たちは魔法少女へ銃口を向け、部隊長は魔法少女の前に出た。
「武器を下ろせ、下手な行動を起こせば後の扱いが酷くなるだけだ」
「ふん、あたしたちにとっちゃ保護された時点で死ぬと一緒なのさ」
部隊長がアンカーを持つ魔法少女へ一歩近づく。
「もう一度言おう。武器をおろして降伏しろ」
「…断る」
「そうか、残念だ」
部隊長は建物の中へグレネードを投げ入れた。
内部に残っていた魔法少女たちはグレネードを目にして建物の奥へと逃げ始める。
グレネードが破裂すると破片と共にRPGにも含まれていた謎の粉塵が周囲に拡散された。
粉塵に触れた魔法少女は皆動きが鈍くなり、アンカーを持っていた魔法少女も立っているのがやっとの状態だった。
「なんだこれ、意識が遠く」
軍人たちは内部へ一気に突入し、動きが鈍くなった魔法少女たちのソウルジェムへ銃を押し付けていく。
「まさかアンチマギアか!
なぜだ、武器倉庫は破壊したはず」
そして部隊長がアンカーを持つ魔法少女のソウルジェムへ銃を押し付けながら話し始めた。
「我々がサピエンスから与えられた、人ならざる君達へ対抗するために用意してくれたものの一部さ。君たちも知らない一部だよ」
「サピエンス…そうか、あいつが言っていた人間を敵たらしめる存在か」
「裏口から逃げようとした魔法少女、素質のある少女たちを裏口で捉えた。
悪いが仲間揃って身柄を拘束させてもらう。あとは君の言うアイツについて詳しく聞かせてもらおう」
アンカーを持つ魔法少女は驚いた顔をした後、部隊長の足を掴んだ。
「お願いだ、裏口から逃げようとしたやつの中に、グリーフシードが必要な奴がいるんだ。
そいつだけは、見逃してくれないか」
「身の程をわきまえろ。警告を無視したんだ、要求には答えられない」
アンカーを持つ魔法少女は部隊長の足を離し、何も話さずにうなだれていた。
部隊長は状況確認のために各部隊へ連絡を取っていると周囲が禍々しい空間へと変わっていった。
「隊長!S班から拘束した魔法少女が魔女になったという報告が」
「各位、鎮圧マニュアルから対魔女マニュアルに変更。
S班、E班は魔女討伐を実施せよ。N班は私とここで待機だ。
なお、くれぐれも逃亡者が出ないよう見張りも並行して実施すること」
指示を出した部隊長はその場で銃のカートリッジを変更した。
「無駄なことを。人間が魔女に敵うわけがないだろう」
「少し前までではな。人間を甘く見るんじゃない」
そう言った後、部隊長はカートリッジを変え終わった拳銃を一発発砲し、目の前に現れた使い魔を倒してしまった。
「普通の銃弾が使い魔を」
「我々にはすでに争う力がある。お前たち魔法少女に頼らずとも、戦う力がな」
話をしているうちに、禍々しい結界は消えて周囲は元の廃墟へと風景が戻った。
「現状報告。
…あー。わかった。全員を拠点へ搬送しろ」
無線を切って部隊長はアンカーを持つ魔法少女を抱え上げた。
「こちら実行部隊、これから本部へターゲットを搬送する。受け入れ準備を頼む」
「もうおしまいだ、何もかも。
すまないなカレン、あんたの目指す世界に、私は入れそうになさそうだ」
ヨーロッパのかつては中立国を主張していた国だが、今は対魔法少女用の拠点が構えられている。
これは国連が魔法少女は人類の敵であると宣言したためである。
その拠点へターゲットである魔法少女を捕獲したという情報が入った。
「レディ、例の武器倉庫襲撃犯たちを捕らえたとのことです」
「そう、輸送を完了させるまで気を緩ませないでね」
「了解」
携帯での会話が終わったところを見計らい、一緒に歩いているボディーガードの少女がレディと呼ばれている少女へ話しかけた。
「武器庫破壊がわかったから彼女たちの存在に気づけたものの、知らぬ間にかなりの損害が出ていたようね」
「ヨーロッパ地域とアフリカ地域、さらにはロシア領の半分に及ぶ地域に存在した裏組織の対魔法少女兵器が跡形もなく破壊されていた。
そして、武器庫破壊時点で戦車や戦闘機といった大型兵器への転用実験がデータごと吹き飛んだ。
秘密裏に破壊工作や情報収集を行っていたにしても手際が良すぎる」
「魔法少女にも頭がキレる奴がいるってことよ。そう考えると随分と呆気なく終わったなぁ。ちょっと期待はずれ」
2人の少女は建物内へ入り、エレベーターを使って3階の司令室へと移動していた。
そして、エレベーターの中で会話を続けた。
「残ってるのが軍艦への搭載実験だけど、作戦にすぐ使えそうなのは1隻だけなのよね」
「相手は魔法少女。海上からの援護砲撃ができれば十分じゃないの?」
「キアラ、魔法少女にも船乗りがいるかもしれないじゃない。
予備がないっていうのは怖いことよ」
「しばらくは白兵戦しかできないのね」
エレベーターの扉が開き、司令室ですれ違った兵士たちはほとんどがイザベラへ敬礼を行っていた。
敬礼を行わなかった兵士は、近くにいた友人の兵士へ話しかけた。
「あの人たち誰だ?」
「サピエンス責任者のイザベラ様とそのパートナーのキアラ様だぞ。お前こんなことも知らなかったのか」
「俺はアンチマギアとは無縁の部隊だからね。あの二人とサピエンスってそんなにすごいのか?」
「サピエンスは魔法少女と魔女へ特攻を持った成分であるアンチマギアを生み出した、魔法少女を狩るスペシャリストが集まる組織だ。
イザベラ様とキアラ様はその中でもトップクラスに魔法少女と魔女を狩ってきた数が多い方たちだ。もちろん、俺達一般兵が束になって挑んでもかなわないさ」
「ふーん、今の世界情勢だからこそ敬われてるってわけか」
「言葉を慎んどけ。聞かれたら殺されるぞ」
イザベラは指令室へ入ると周囲の兵士へ敬礼を返し、ヨーロッパ地域の司令官へ話しかけた。
「提供した武器で事足りたかしら?」
「レディ、武器の供給は感謝する。しかし前回のような大掛かりな実験は魔法少女の標的になると考えるとリスクしかない」
「あら?そんなことを言うならロシアか中華民国へ実験場を移すけどいいのかしら」
「我々が求めているのは人類の安全だ。
レディたちのように魔法少女キラーとして名をあげることに連合のトップたちは賛同していないのだ」
「実験場として使っても良いと真っ先に名乗りをあげたのはあなたたちじゃないの。何を今更」
司令官は返事をすることはなかった。
「まあいいわ。国連の宣言に従える最低限のものは提供したから、あとは好きにしなさい」
イザベラは司令室を出ようとしたら足を止めて司令官へ向き直った。
「そうそう、もし魔法少女の取り締まりを怠ってヨーロッパが魔法少女の巣窟になりでもしたら、その時はヨーロッパが赤く燃えてしまうということはお忘れなく」
「わかっているさ」
イザベラとキアラが司令室から出ていくのを確認したあと、司令官は愚痴をこぼした。
「少女たちを拘束、殺害する狂った方針をなぜ国連が宣言してしまったんだ。
私は、あの演説を見聞きした後でも理解に苦しむよ」
「魔法少女は願いによって人類史を捻じ曲げてきたとありましたが、それが事実だとするとそこまで必死になるのも致し方ないのでは」
「だから芽が出る前に掘りつくし、出た花は手折るというのか。
監視だけでいいのではないか」
「しかし、今回のように明確に人類へ反抗する者達もいます。
躊躇していたらこちらがやられますよ。
司令官殿には、娘さんがいるのは知っていますが今は耐えるときですよ」
「ふぅ、そうだな。この躊躇は娘が魔法少女だったから、かもしれんな」
イザベラとキアラは司令部近くに停められているごく一般的な乗用車のもとへと向かった。
4人乗りの乗用車には1人の運転手が待機していて、2人の姿を見ると車のエンジンを起動した。
イザベラとキアラは後部座席に座り、ドアが閉められたのを確認すると運転手は何も言わずにアクセルを踏んで車は前進を始めた。
「はぁ、司令部で話し込むと思って遅めの飛行機を予約したのにこれじゃあ結構時間が余っちゃうわね」
「それなら折角だ。この国の日常が変わったか見てまわるのも良いんじゃないか?」
「アポなしで行けるところなんて広場くらいしか思いつかないんだけど」
「広場で何の問題がある?
どんな身分の人でも立ち寄れる場所が一番欲しい情報を得られると思うが」
「ま、別にいいわ。運転手さん、シャンドマルス公園へ向かって頂戴」
「はいわかりました」
車内から街並みを眺めているけど特に何か変わったこともないいつも通りの日常が広がっていた。
時間帯で言えばお昼過ぎ。
広場には親子連れの姿がたくさんあった。
イザベラとキアラは車を降りて広場から見えるエッフェル塔を見ていた。
「あれだけの発表があったのに世の中ってそれほど変わらないものなのね」
「そういうものさ。人って簡単には変われないっていうじゃない?」
「魔法少女に対する認識が変わっていればいいのさ、私はね」
そう話していると、広場で遊んでいた男の子がキアラにぶつかってきた。
男の子はぶつかった後尻餅をついてしまい、手に持っていた飛行機の模型は男の子の体重によって壊れてしまった。
「ルイくん大丈夫?」
「ちょっと、よその人に迷惑かけちゃダメでしょ」
男の子が走ってきた方向からは女の子と母親と思われる人物が近づいてきた。
男の子は壊れた模型を見ると泣き出してしまった。
そんな男の子を見てキアラは男の子の前に正座をして男の子の頭を撫でた。
「男子たるもの、すぐに泣き出したらカッコ悪いぞ。
それ、大切なもの?」
男の子はキアラの顔を見て「うん」とうなづいた。
「それじゃあお姉さんに任せてもらえるかな?すぐに直してあげる」
「…本当?」
そんなキアラを見てイザベラが母親と思われる女性に話しかけた。
「いいですかね、彼女が治しても」
「え、ええ」
イザベラ達はベンチのある場所へ移動し、キアラは男の子と女の子が両サイドで見守っている中でバッグから包帯に割り箸、サジカルテープと化粧セットを取り出した。
割り箸は適度な長さで割り、包帯と合わせて折れた翼を補強した。
サジカルテープでは包帯の端を止めるだけではなく、細々とした部品の接着、割り箸のささくれ立った部分を覆うのに使われた。
補強が完了すると、化粧セットを開いてキアラはブラシを男の子に渡した。
「好きな色に塗ってあげて」
男の子は塗り絵をするように包帯やテープの白い部分へ色をつけていった。
そんな様子を見ていたイザベラは女の子の首元へバーコードが付いているのを目にした。
「奥さん、あの2人は奥さんのお子様?」
「そうよ。すみませんね、勝手にぶつかったのにここまでしていただいて」
「いえいえ。それよりもお嬢さんの首元にあるバーコードはいったい?」
「あれですか。最近国連から発表された魔法少女検査を受けた痕です。
バーコードリーダーのようなものを首元に当てて検査を行ったのですが、魔法少女の資格有りと判断されてそのまま注射のようなものも刺されていましたね」
「すげー!前よりかっこよくなった!」
「君がデザインしたんだから当然じゃないか」
「お姉さんすごーい!」
「お姉さん、むこうで一緒に遊ぼう!」
「いいよ。広げた道具を片付けてからね」
キアラはおもちゃを治してすっかり子どもたちに懐かれてしまったようだ。
「あらあら」
「あの子、魔法少女の資格があったんですね」
「私も驚きました。普通に育てたはずのあの子が、まさか魔法少女になれる可能性があったなんて。
でも、予防注射を受けると魔法少女にはなれなくなると伺いました」
「奥さんとしてはどう感じました?」
「あのアメリカ大統領の演説時の画像にあった化け物にならなくて良かったと考えると、検査に行ってよかったと思っています」
「そうですか」
イザベラは遊んでいる子どもたちの方へと向かい、女の子へ話しかけた。
「お嬢ちゃん、最近検査を受けたみたいだね。首元のやつ、痛くなかった?」
「最初は怖かったけど、少しチクってした後は何もなかったよ。それに泣かなかった!」
「そうか、強いね。お嬢ちゃん」
「ぼ、ぼくだって強いんだから!」
「模型壊した時に泣いてたじゃない」
「う、うるさい!」
「こら、喧嘩しちゃダメだぞ」
子どもたちの世話はキアラに任せてイザベラは母親と再び会話を始めた。
「検査を受けにきていた人は多かったですか?」
「多かったですよ。なにせ必ず受診してくださいって言われていますからね。
ご近所の方たちも検査に行っていましたね」
「多くの人が、国連からの発表の影響を受けているんですね」
「世の中もっと物騒になった気がします。こうして安全に外で遊べているのは、国連の兵士さんたちが脅威を排除してくれたからなんです」
「おや、発表があっても何気ない日常を送っていたのかとつい思ってしまいましたが」
「いえいえ、危ないので外になんて出る人はいませんでしたよ。でも国連の兵士さんたちが外を見回って脅威を排除してくれたんです。
こうしてたくさんの人が外にいるのは、そういった経緯があったからなんです」
「そうでしたか」
アメリカ同様、あの演説が行われた後はどの国も外出禁止になっていたようだ。
そして、国連の兵士というのはおそらく。
「あなたたちは海外から?」
「はい、父親の仕事にくっついてきてちょっとした旅行気分でいました。
アメリカから来たんですが、実は今日帰国するんです」
「そうでしたか。飛行機の時間、大丈夫ですか?」
時計を見たら1時間半ほど前だった。
「1時間半前か…」
「なんだって?!
ごめん君たち。お姉さんは飛行機に乗って帰らないといけないんだ。ここら辺で失礼するよ」
キアラは急いで私の腕を掴み、奥さんたちへ一言挨拶した後車へと急いだ。
「なんで早く伝えなかったんだ!」
「子どもたちと楽しそうにしていたからさ、45分前までいいかなって」
「入場受付に時間かかるの忘れてない?!これだからファーストクラスに慣れたお嬢様は!」
「そこまで言わなくてもいいでしょ」
私たちは急いで車に乗り、そのまま空港へ向かって無事に飛行機へ乗ることができた。
私は車の中で、キアラにこう伝えた。
「あんた、将来いい母親になるよ」
「おちょくってるのかイザベラは」
アメリカ以外の街並みに触れて分かったが、どの国も最初は慎重に動くようになっていつもの日常なんてなかった。
そんな中、表では脅威排除と呼んでいる「魔女狩り」が行われたおかげで今回のような、なんの変哲もない日常が訪れたのだと思うと迅速な魔女狩り実施は成功だったのだろう。
残念なことは、野良魔法少女は大方捕らえられたものの、組織的な魔法少女のリーダー格を捉えられていないこと。
例の神浜の守りも強固だし、人類の平和が訪れるのはまだ先になりそうだ。
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