謎の船が現れて試験艦が破壊され、さらには日本の北と南の航空基地が攻撃されたと連絡を受けたサピエンスは終始冷静だった。
ミサイルから魔法少女が飛び出してくる様子も観察を行なっていて、そんな中で一つの報告が行われた。
「謎の船の出発点特定しました!
場所はオーストラリア クイーンランド州北、一番南側に窪んでいる土地で僅かに船のような影、船が通った後の白波が海上で確認できます!」
そう説明しながら司令部の大画面の片隅に説明された映像が張り出された。
その報告を受けてイザベラは指示を出した。
「通信部、オーストラリアの大臣へさっきの場所を調べさせるよう伝えなさい」
「了解!」
その後イザベラは愚痴をこぼした。
「どうしてこの程度の変化が報告されなかった。ずっと監視はさせているはずだ」
その愚痴に対して隣にいるダリウス将軍が答えた。
ダリウス将軍はサピエンスの特殊部隊を束ねる立場にあり、サピエンス関連の作戦には彼がいつも携わっている。
「レディ、我々が24時間監視しているのはアメリカ領の海域付近のみだ。
他国の海の監視もしていたら皆倒れてしまう」
「だとしてもオーストラリアの怠慢でしょ?まったく」
「いいじゃないか、こうして特定できたんだ。
奴らが造船施設を持ったままというのは脅威でしかない」
イザベラはため息をひとつつくと別の話題に切り替えた。
「国連の方はどうかしら」
この問いかけにはオペレーターが答えた。
「はい、まもなく目的の地点まで話が進みます」
「ではそろそろ仕掛けましょうか」
イザベラは近くの通信機を操作して中華民国の劉総書記へ繋げた。
アポは取られていないが、数秒後にテレビ電話がつながりそのには劉総書記の姿が映っていた。
「おやおやレディ、大切な作戦中になんのご用かな?」
「とぼけないでください。
作戦実行中の領海へ侵入するなと再三伝えているはずです。
まさかご存知ないわけがないですよね?」
「何をおっしゃっている。
おかしいのは貴方達ではないか?
我らは我らの移動可能な範囲内で訓練を行っているだけだ」
「領海という概念をご存知ないのか?」
「我々は正しい行動をしている。
侵入してはいけない範囲を勝手に決めつけているは君たちだ。
全く困ったものだ。
君の持ち前の交渉術でこの辺を整理してもらいたいのだけどね」
「劉総書記、アンチマギアプログラムが実行されている間は他国への侵略、挑発行為は禁じられている。
これを犯すものは国連の決定次第では国連の手でその国を罰さなければならない。
これはアンチマギアについて国連で取り決められた条約であることもご存知のはず。
覚悟があるという認識で良いか?」
「ふん、君たちの言い分が通るはずがないだろう。
用がそれだけならば通信は終わらせてもらうよ」
そう言って総書記の方から回線を切ってしまった。
その頃国連では中華民国の挑発的な行為を理由に罰を与えるべきかの協議結果が出ようとしていた。
これまでに国連での話し合いの結果は常任理事国が1国でも拒否権を行使した時点で否決された。
しかしこの考えはアンチマギアプログラム発令のための法改正の際に見直された。
常任理事国が罰せられる対象となった場合、その当事国が拒否権を行使した時点で法的に罰することが叶わないという、常任理事国から被害を受けた国々からしてみれば理不尽極まりないことであることは散々指摘されてきたことだ。
その意見が汲み取られ、たった1国の常任理事国が拒否権を出してもそれは否決扱いにはされなくなり、2国以上の常任理事国が拒否権を行使した際に否決となる仕組みへと変えられた。
今回の中華民国に対する罰を与えるべきかの協議にはこの決まりが当てはめられた。
非常任理事国からは罰を与えるべきという意見が多数の中、常任理事国の協議結果は中華民国のみが拒否権を出すという結果になった。
この結果に中華民国の代表者は怒りをあらわにしながらロシアの代表者を睨んだ。
「なぜだ、ありえん!
サピエンス、やつらが我らを潰そうと企てたのだろう。
今すぐこの結果を取り消せ!」
「この場での決定は絶対である。
この結果に不服があるならばしっかり議題としてあらためて提起していただきたい」
協議をしきる長が中華民国の代表者へ伝えると、その代表者はお付きの者からスマホを奪い取りながらその部屋を後にした。
「急いで書記長へ伝えなければ!」
代表者は急いで用意された車へ乗り込んでその中で劉総書記の秘書へ電話を繋いだ。
「急いで総書記へ国連が裏切ったと伝えろ。
そして総書記を安全な場所へ避難させるんだ!」
そう一方的に伝えた後、代表者は運転手へ怒鳴りつけた。
「早く空港へ向かいたまえ!
このままではきっと私も」
そう言っている間に代表者が乗った車へ一台の車が突っ込み、大きくその場でスピンした後にエンジンに火がついて代表者が乗った車は爆発してしまった。
劉総書記へは国連の結果が伝えられ、劉総書記は驚いた顔を見せた。
「ありえん、ロシアが裏切ったというのか。
まずは逃げるぞ」
劉総書記がいる部屋にはノックをして1人の軍人が入ってきた。
「おう、張か。驚かせるな。
事情はすでに把握しているのではないか?早く安全な場所まで案内しろ」
張と呼ばれる軍人は扉を閉じて動こうとしなかった。
「どうしたんだ、早く安全な場所へ連れて行け!」
「すみませんね、もう、私はあっち側なんですよ」
そう言いながら張はサプレッサー付きのピストルを取り出して劉総書記とその秘書へ心臓、頭部に数発の銃弾を撃ち込んだ。
張はドアを3回ノックすると扉が開かれて遺体処理班とカメラを持った者が部屋へ入ってきた。
そして世界へアンチマギアプログラムの規定を破ったとして、劉総書記の遺体を見せながら中華民国は国連の指揮下に入ったことが報道された。
これを見て悲しむ国民がいれば喜ぶ国民もいた。
そんな反応の違いで中華民国内では争いも起き始め、国連指揮下に入った中華民国の突撃軍が鎮圧に動き始めた。
サピエンスはこの様子を平然と眺めていた。
「これで本来の目的は達成か」
キアラはイザベラに向けて聞いた。
「そうね。これで人類にとっての不安分子は一つ取り除けた。
神浜の様子は?」
「はい、鎮圧作戦に向かったメンバーはN班とS班以外は全滅。
海に展開された勢力も観測用潜水艦除いて全滅しています」
「ディアの反応はまだある。
でも作戦継続は無理だろう」
観測用潜水艦は試験艦の船団を背後からついて行き、観測ドローンを通してサピエンス本部へ神浜の様子を伝えるための存在である。
特殊部隊の現状やSGボムをつけた魔法少女の位置まで全てがこの潜水艦を通してサピエンスへ筒抜けとなっている。
「この状態でもSGボムが全て弾けていないということは、自衛隊はやっぱり覚悟が足りなかったということか」
「一部の魔法少女については起爆が行われたようだ。
残りも作動させる必要性は感じないが、させる気なのだろう?」
カルラがイザベラへ尋ねると顔色ひとつ変えずに返事をした。
「当たり前よ。
しっかり働かなかった罰は与えないと。
お偉い様はしっかり理解しているはずよ」
「イザベラ、また何か釘を刺したのか」
キアラが呆れた顔でイザベラへ聞いた。
「ええ、向こうでディアが作戦会議を行うよりも前にね」
その頃、自衛隊の司令室には防衛大臣が入り込んできた。
「防衛大臣、どのようなご用でこのような場所へ。まだ作戦継続中ですよ」
高田1佐がそう伝えると防衛大臣は不機嫌そうに返事をした。
「なんの用だと?
米国との取り決めで決めたことを貴様ができていないから来たのではないか」
「確かに我々は神浜鎮圧作戦を継続できない状態になりました。
しかしこれは予想外の乱入があって」
「そうではない!
貴様が持っているSGボムの起爆装置。それをなぜ持たされているのか聞いていなかったのか!」
高田1佐は近くにある司令室の机上に置いたままの起爆装置をチラリと見た後に防衛大臣へ弁明します。
「魔法少女も役割を果たした結果です。
あれを使うほどではないのではないでしょうか」
防衛大臣は何も言わずに起爆装置を奪い取ってしまい、起爆のためのコードを打ち込み始めます。
そんな防衛大臣の腕を掴みながら高田1佐が訴えかけます。
「考え直してください!
彼女達は魔法少女ですが、人の子です!
こんな道具みたいな使い捨て方はあんまりです!」
「なんであろうとこれは国交にかかわることなのだよ!」
防衛大臣は気にもとめず起爆スイッチを押してしまいます。
それからSGボムを仕掛けられた魔法少女達のソウルジェムが一斉に光だします。
「静香ちゃん、ソウルジェムが」
静香はソウルジェムが光っている理由が理解できませんでした。
「なに、何なのよこれ」
その様子を見てカレンは急いでちはるを静香から引き離します。
「カレンさん、静香ちゃんどうしちゃったの!」
「時女静香はもう助からない。諦めろ」
カレンとちはるが見ている前で静香のソウルジェムが爆発し、静香の体は丸ごと爆発に巻き込まれて周囲には爆風が広がった。
その時に血飛沫も周囲に飛んでその一部がちはるの体にかかった。
降りかかる値を避けようとせず、爆発する瞬間も目をそらさず見てしまったちはるは目を丸くして何が起きたのか理解できずにいた。
カレンがちはるの手を離すとちはるはその場へ座り込み、静香がいた場所を見つめ続けた。
「あ…ああ…」
言葉にならない様な音を喉から出しながら、ちはるは涙を流した。
東側の魔法少女達がSGボムをつけられた魔法少女達を栄区へ連れている最中、SGボムをつけられた魔法少女達のソウルジェムが一斉に光出した。
その様子を見て十七夜達はソウルジェムが光った魔法少女達から離れた。
ソウルジェムが光った魔法少女達は怯えながら十七夜達へ縋りつこうとした。
「いやだ、死にたくない!」
縋りつかれてどうすればわからず身動きができない魔法少女もいた。
「じゅ、潤!この子達に掴まれて動けない!」
「あんまこんなことやりたくないんだけどな!」
潤と呼ばれる魔法少女は助けを求めた黄色い姿をした魔法少女につかまる魔法少女達を武器で払い落としていった。
他の場所でもソウルジェムが光る魔法少女を神浜の魔法少女が引きはがしていた。
「みとから、はなれなさい!」
「乱暴したくないから言うことを聞いて!」
そうしている間に光っていたソウルジェムが次々と爆発していった。
爆発の規模は均一ではなく、中には掴まれたまま巻き込まれた魔法少女も出てしまった。
周囲は魔法少女だったり肉が散乱し、その様子を理解するのに数秒時間がかかった魔法少女達は次々と恐怖の表情へと変わっていって泣き出すものやその場に腰を抜かすものが出た。
「みと!意識を保って!
だめ、血が止まらないよ」
「だれか!この子爆発に巻き込まれて!」
その様子を見て十七夜はすぐにはその場を動き出せなかった。
「こんなこと、魔女よりも残忍ではないか。これをこの国の人間がやったというのか」
十七夜が動けない間、令は何度も十七夜のことを呼んでいた。
しかし十七夜はその声が聞こえないのか反応を示さなかった。
痺れを切らした令は冷静に周囲へ指示を出していき、ゆっくりではあるものの栄区への移動を再開した。
北養区の森の中では、銃撃を受けた魔法少女達から文句を言いながら銃弾を取り出しているニードルガンを扱う魔法少女がいた。
そんな魔法少女をサポートするアバと呼ばれる魔法少女は、倒れた魔法少女達を2か所に集めていきました。
そんな2人の魔法少女をみふゆ達は見ることしかできなかった。
「やっちゃんにテレパシーで声をかけたのですが、怪我人を運ぶとのことでこちらには来てくれない様です」
「お姉様は無事なの?」
「やっちゃんとは一緒にいるようですよ」
「お姉様が無事ならわたくしはなんだっていいよ」
みふゆはその怪我人がいろはであることを言わなかった。
灯花がまた何かをしでかしてしまうのではと思ったからである。
アバはみふゆ達の方を見てしばらくじっと見つめていた。
アバは背負っていた死体をその場に投げてテレパシーでみふゆ達に話しかけてきた。
[ねえ、そこで何もしないなら少しは情報頂戴よ。
誰がSGボムをつけられた子?]
そう聞かれると燦がすぐに答えた。
[貴方が何したいかは大体わかる。
今から指を刺していくからその対象を処理してくれ]
[ふーん、じゃああんたはあまり近寄らないでよ。
巻き込まれたくないし]
燦は次々とソウルジェムが無事な魔法少女達を指差して行った。
その魔法少女達は、魔法少女だった死体の方へと放り投げられていった。
「え、何をしてるのですか」
みふゆはその行いに驚いた。
はぐむと時雨も驚いている中、呆れた顔で灯花が説明しはじめた。
「SGボムって爆弾だよ?
そんないつ爆発するかわからない物と助ける者を分けるのは当然でしょ?」
「でもわざわざ死体の方に移動しなくても」
「爆発したら綺麗に吹き飛ばせるじゃん」
「灯花…」
まだSGボムが施された魔法少女とそうではない魔法少女が混ざった状態の中、SGボムが施された魔法少女のソウルジェムが光りはじめた。
「気づかれたか…」
そう言って燦は死体の山の方へと向かった。
「そんな、まさか」
燦は特に何も言わず目を閉じてその時を待った。
そしてSGボムは一斉に爆発し、死体の山は次々と爆発に巻き込まれていった。
綺麗には爆発に巻き込まれなかったようで、死体の山があった場所には血肉が残ることとなった。
助けられる魔法少女の中にもSGボムが施された魔法少女がいたことで爆発に巻き込まれてソウルジェムが割れる魔法少女が出ていた。
「ちっ汚ねえな」
SGボムが弾けても依然として行動しようとしないみふゆ達を見てニードルガンを持つ魔法少女はついにキレてしまった。
[いい加減助けを連れてくるか何か行動してくれねぇかな!
仲間が巻き込まれたくせにボソッとしやがって]
その魔法少女はさらにみふゆ達にニードルガンを向けた。
[さっさと動けよ。
じゃないと撃つぞ!]
3人がオドオドとしている中、灯花はゆっくりとその場を後にしていった。
「おい天才、おめぇは何処に行くんだよ」
「わたくしのシェルターに戻るんだよ。
倒れた子達のことはよろしくねー」
みふゆ達はニードルガンに撃たれるのは嫌だったので、背負える無事な魔法少女は背負って栄区へと向かうことにした。
勝手にその場を後にした灯花に対してニードルガンを持つ魔法少女は舌打ちをするだけで特に何をするわけでもなかった。
SGボムが作動したことを確認できた自衛隊本部では防衛大臣以外の人々が皆引いた顔をしていた。
SGボムが無事に作動したことを確認した後、防衛大臣は高田1佐の隣の人物へ話しかけた。
「張替一佐、お前を臨時指揮官とする。
そしてこの反逆者を捕えろ」
「防衛大臣!何を言い出すのですか!」
張替一佐の話を聞くことなく防衛大臣は淡々と話しを続ける。
「高田1佐、君は今回の件でこの国と魔法少女、どちらを助けたかったのかね?」
「彼女達も、日本国民ではないのですか!
彼女達は不思議な力を持っても人間には変わりないはずです!」
「では米国に逆らってこの国への支援が途切れて国民が飢える結果になっても国を守ったと言えるのか」
高田1佐はその話を聞いて言い返せなくなった。
「この行為はこの国を守るために大事なことなのだよ。
君は勝手な判断でこの国を危機的状況に追い込もうとした。
違うか?」
高田1佐は最後の抵抗として言っては行けないことを言ってしまいます。
「他国の言いなりになるのが、この国のためだというのですか」
「高田1佐、君は現時点で除名処分だ。
独房でしっかり反省したまえ」
「防衛大臣!」
「やめろ、張替」
防衛大臣へ抗議する張替一佐に対して高田1佐が止めるよう言った。
「なぜですか、こんなのおかしいですよ」
「いいんだ、しっかり指示に従うんだ。
責任を負うのは私だけでいい」
張替一佐はやるせない気持ちを拳でどこかにぶつけてしまいそうになりますが、必死に堪えて周囲に指示を出した。
「申し訳ありません。
高田1佐を独房へ連れて行け!」
近くにいた2人の隊員が高田1佐を掴んだ状態で、高田1佐は作戦司令室から連れ出されてしまった。
高田1佐が出て行った後に防衛大臣が張替一佐へさらに指示を出た。
「我々にはサピエンスの部隊を逃すという任務も残っている。
気を抜くんじゃないぞ。
君たちはこの国を守るための存在なのだからな」
防衛大臣は表情一つ変えず作戦司令室を後にした。
高田1佐が連行されている道中、作戦司令室へ殴り込みに行く勢いの時女一族の母親2人がいた。
高田1佐の顔を見て時女静香の母親は素早く駆け寄って高田1佐へ問いかけた。
「高田さん、娘は無事なのか!」
「…申し訳ありません。娘さん達を守れませんでした」
「なん、だって。静香はどうしたんだ」
「くれぐれも出過ぎた行為はしないようにしてください」
「すみません。失礼します」
連れている2人のうち1人がそう言って高田1佐は連れて行かれてしまった。
ちはるの母親はその場で泣き崩れ、静香の母親は壁を殴って悔しがるしかできなかった。
そんなことが日本で起きている間にサピエンスではSGボムが無事に作動したことを確認できていた。
「SGボムを施された魔法少女の生存数は0、すべて作動されたか死亡したようです」
その報告を聞いてキアラはイザベラへ話しかけた。
「これで捕まったらSGボムで殺されると印象付けてしまったがいいのか」
「いいのよ、その方がしっかり仕掛けてきてくれるじゃないの」
「平和的に解決させる気ゼロだな」
「ホワイトハウスを襲撃したあの魔法少女の言葉を覚えているでしょう?」
「みんながみんなあの考えだとは思わないけど」
そう話している間に神浜を観測していた潜水艦が魚雷接近のアラームをあげた。
それから潜水艦はあり得ない挙動をする魚雷が3発動力炉付近に直撃して破壊されてしまった。
「潜水艦の反応ロスト、神浜の観測がリアルタイムに行えなくなりました」
「気づくのが早いな。
さて、あとは生き残りがしっかり逃げてくれればこの作戦は一区切りですかね」
ダリウス将軍がイザベラへそう聞くとイザベラは肯定した。
「そうね。
奴らが船を使うことがわかったし、海軍にはしっかり伝えておいてね」
「はい、滞りなく」
ひと段落したと判断したカルラは立ち上がってイザベラへ話しかけた。
「終わったのならば見てもらいたいものがあるからついてきてくれないか」
「なによ、つまらない物だったら怒るわよ」
「おもしろいかどうかはイザベラ次第だろうさ」
イザベラ、キアラ、カルラは司令室を後にして地下の研究所へと向かった。
ほぼいつも通りのルートで、見下ろし型の実践試験場の観察室に3人は入った。
そこには研究員はおらず白髪のツインテールの髪型になったディアがいた。
その姿を見てイザベラ少し残念そうな顔をした。
「ディア、貴方いつからツインテールなんて試すようになったのよ」
ディアの姿をした者は首を傾げてカルラへと話した。
「カルラ、僕のことを説明していないのかい?」
あえて日本語で会話がされ、一人称の違いに疑問を持ったのはキアラだった。
「あれ、いまぼくって」
「そうだよ。日本語で話しかけた方が面白い反応をされるだろうって言われたからね。
住む地域によって人間は一人称の扱いに幅があるのだろう?
英語だとIやMEで終わってしまうんだっけ?」
確かに声はディアのものだった。
何かに気づいた2人はマジマジと白髪の少女を眺めた。
そんな2人を見てカルラは思わず表情が緩くなってしまった。
「こうして会わせてみると2人ともおもしろい反応をするね。
まだわからないのか、それとも信じられないのか」
イザベラは少し不機嫌な顔になってカルラへ話した。
「いい加減何が成功したのか教えなさい。
ただのコスプレなんて言ったら許さないんだから」
「もういいよ、いつも通りで」
カルラがそう伝えると白髪の少女は口を開かずに会話をはじめた。
「こんな姿になってしまったけど、ぼくはぼくだ。
キュウべぇだ」
種明かしをされて2人は驚いた顔をした。
イザベラについてはそのあとににやけ顔になってキュウべぇの顔に近づいた。
「何あんた、人間の殻に入れられたの?
カルラすごいじゃない、もしかして人間の体のまま増殖しちゃうわけ?」
「いや、インキュベーターの意思はこの体に固定されてさらに増殖もできないようになっている。
つまりは世界にキュゥべえはここの一体しか存在していないことになる」
イザベラはその話を聞いて笑いながらキュウべぇに銃を向けた。
「ならこいつ殺せば全部解決するか!」
銃を向けられたキュウべぇは怯えたような動きをし、キアラはイザベラを止めに入った。
「やめろイザベラ、すぐ殺すのは早計過ぎる」
「どきなさいキアラ、そいつを殺せないわ」
その様子を見ていたカルラは話し始めた。
「確かにこいつを殺せばインキュベーターは人間との接触は叶わなくなるかもしれない。
しかしこの体を失った時点で今までの体が再インストールされて再び神出鬼没になってしまう危険もある。
そうなればここに縛り付けておいた場合以上に、余計な願いを叶えられる可能性も出てくる。
君ならどっちが現状有益かわかると思うが」
イザベラはカルラに向けていた目を一度キュウべえへ向けてカルラへ視線を戻した後に銃をしまった。
「まあいいわ。ここにいる限り願いによる妨害はないってことだし。
でもしっかり監視しておきなさいよ。逃したら流石にカルラでも銃殺だからね」
「わかってるさ。今はキュウべぇを使った感情の実験を進めているし、私にも逃げられては困る」
「へぇ、感情の実験ってどんな」
カルラは後ろの机の上にあるレポートの一部をイザベラへ渡した。
「後でしっかりさせたものを渡すが、インキュベーターには現在感情が芽生える前兆が見られる。
無感情の生物に人間のような感情を覚醒させることはできるのかという問いに、前向きな結果が導き出される可能性がある」
イザベラがレポートを読む中、キアラは横からこっそりとレポートの中身を見た。
その中には痛みに関わる項目が多く、銃に撃たれるだけではなく爪を剥がされたり氷水につけられたりと言った内容が見えた。
後半には食について味覚をどう捉えるかの実験も書かれていた。
「カルラ、拷問の報告書にしか見えないんだけど」
キアラは思わずカルラにそう伝えてしまった。
「そう思ってしまうのも仕方がない。
マイナスの感情は動物ならば誰でも持っている可能性があるものだ。
人間のようなプラスな感情を持つのは稀だ。
それを試すのはマイナスの感情を表に出せるようになってからだ」
そう聞いてもキアラは難しい顔のままだった。
「わかるようなわからないような」
イザベラは一通り目を通したようで報告書の一部を表紙へ捲り直した。
「まあ恐怖で表情が変わり始めているのはいい傾向よ。
さっき銃を向けた時もいい反応していたし」
キュウべえは少し呆れた時にするような表情をしていた。
イザベラは報告書の一部を近くの机に置いてキアラに向けて笑顔で話し始めた。
「気分がいいわ、キアラ、ディナー行くわよ。
最近話題になっている、高級料理を格安の限界にチャレンジしているレストランが気になっているのよ」
「なんだその矛盾なコンセプト。
いやそれよりも明日は中華民国の今後についての会議にむけて、叔父さんと話し合いするんじゃなかったのか」
「大丈夫よ。明日の午前中をすっぽかしても十分に間に合うから」
「わかったよ。まったく、気まぐれに巻き込まれたケーネス叔父さんが可哀想だよ」
2人が部屋を出ようとすると、イザベラが扉の前で立ち止まってカルラに振り返って忠告した。
「カルラ、そいつを絶対外に出すんじゃないよ」
「わかっているさ」
2人は部屋を出ていき、カルラとキュウべえだけが部屋にいる状態になった。
「さて、ディアにも言っておかないとな。
インキュベーター、ついてこい」
キュウべぇは何も言わずにカルラへついて行った。
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