私たちが応接室に入ると、そこには1人の女性と不貞腐れている少女がいた。
「どうぞ、お座りください」
「えっと、不機嫌そうですね」
「気にしないでもらいたい」
「では、今回訪れた理由となる資料をお渡しします。まずはそれに目を通してみてから感想を聞かせてもらえますか」
不貞腐れている少女に渡したのは魔法と魔法少女についての調査内容を記載した資料だ。
その資料を不貞腐れた少女を中心として教授と付き添いの女性も読んでいた。
その資料を読んだ後の最初に話し始めたのは教授だった。
「イザベラさん、我々はオカルト研究ではなく生物学についての研究を専攻していまして、ここに書かれている内容はいささかファンタジーが過ぎるのではないでしょうか」
「そのファンタジー、現代技術でどうにか立証及び実現できないでしょうか」
「ですから、ファンタジーな時点で」
「面白い内容じゃない?」
「ディア?」
不貞腐れた少女はディアという名前らしく、興味津々に資料を眺めていた。
「この魂を石に変換するってところ面白いわ。これを科学技術に転用できれば私のクローン研究が大きく進展するわ」
「ディア、お前の提唱するクローン技術は過激だと言っている。出した論文もマイルドな部分のみで報告したのもそのためだと伝えたはずだ」
「あんな実現したところでどうだっていい内容になったから見向きする人が現れなかったのですよ。
イザベラだっけ?魔法についての調査、請け負ってもいいわよ」
「あら本当?」
「こら、私の許可なく話を進めるな。そもそもお前には私が出している課題があるだろう」
「あんな課題もう提出する準備ができていますよ。その後は好きにさせてもらいますから」
「ディア、おまえは!」
「では雇うという形でディアさんをお借りします。それ相応のお金は前払いさせてもらいますよ」
「そ、そうか。ならば好きにしろ」
俗物め。
「じゃあカルラも一緒でお願い。私、カルラと一緒じゃないと嫌だから」
「私からもお願いしたい。私なしだとディアはすぐに暴走してしまうからな」
「あなたは、カルラさんというのですね」
「脳波の研究を専攻している。きっと役に立つだろう」
こうしてイザベラは変わり者な2人の研究者を雇った。
2人にはイタリアにあるシェルターを貸し与え、そこで魔力でできた霧を突破する方法を研究してもらうと伝えた。
部屋の準備が整うと、ディアはさっそくイザベラへ頼みごとをしてきた。
「さて、早速だけどあなたの血を採取させてもらえないかしら」
「私の血を?」
「ええ。何の媒体も使用せずに魔法が使えると言うのであれば、体組織に魔力の類のものが溶け込んでいたっておかしくないわ。
だから資料として頂戴」
「いいわよ。でも、常識の範囲内の量でお願いね」
「吸血鬼じゃないんだし、心配しないで」
そうは言っていたがイザベラの血液は献血並みに抜き取られた。
その後の血液の使われ方を聞いたら絶句した。
火で炙ってなかなか固まらなかったり蒸発しないことに興奮して、溶解した鉄の液体に血を垂らして血液の性質を保てるか実験したという。
致死量の毒を血に混ぜると驚きのスピードで解毒したという。
冷凍庫に保存しても暖かさを保って腐りもしなかったという。
調べる角度はなかなかクレイジーだが、魔力が籠った血は生命力を高める効果があるというのは立証された。
「すごいよ!イザベラの血液だけでこの世では出ないはずの結果がたくさん出て驚いたよ!
できれば銃で撃たれた後の傷口が塞がるスピードも調べさせてもらいたい」
「調子に乗るな」
「それで、魔力の霧を突破する方法は分かりそうなの?」
「それについては魔力についてのサンプルがもう少し欲しい。
見せてくれた資料によると聖遺物と呼ばれるものには魔力がこもっているらしいじゃないの。
いくつか持ってきてくれない?」
なにが聖遺物に該当するのかというのははっきりしていない。
それに、この聖遺物について魔法少女の間では争奪戦が行われたことで人間が所持している聖遺物は数少ない。
イザベラは一度ヨーロッパ地方にいる魔法少女へ聖遺物について聞いてみた。
「あんた、まさかこの辺りの事情に疎い?」
「えっと、そう」
「あまり聖遺物の話題を出さない方がいいよ。昔ほどじゃないけど、聖遺物のやりとりはよく争いが起きるんだから」
「そうなんだ」
「変な争いは避けたいでしょ、グリーフシードは有限なんだから」
「そうね。教えてくれてありがとう、気をつけるわ」
ヨーロッパ地方での聖遺物事情を知り、私達はインド周辺や中東で聖遺物探しを行った。
しかし、ここら辺の地域でも魔法少女達は聖遺物については敏感に反応して、危うく殺されかける時もあった。
研究材料となる聖遺物が確保できず、しばらくの間目的が果たせずにいた。
そんな中ディアは。
「じゃあ魔法少女を直接生捕にしてきてよ。その子をそのまま実験材料にするからさ」
「あんた、生き物の命を何だと思ってるんだ!」
「キアラさん、ディアはこういうやつだ。慣れては欲しくないが、いちいち気にしてると精神がもたないよ」
「・・・カルラさん、よく一緒の研究室でやっていけましたね」
カルラさんは私に後ろから覆いかぶさるように右手を私の右肩にかけ、私の左耳にささやいてきた。
「普段他人には見せない一面が好きだからさ。あなた達も長い付き合いになったら見ることができるんじゃないかな」
「想像もできない」
もちろん魔法少女の生捕なんてやらずに最適な素材がないか考えた。
そしてイザベラは大きな決断をした。
「両親の形見であるそのペンダントを材料にしてしまうのか!」
「これしかもう方法がない。
たくさんの魔法少女に目をつけられて行動しづらくなるよりは、これを使うしかない」
「でも、大事なものを失った後イザベラはイザベラでいられるのか」
「どういうこと?」
「経験したことがあるかわからないが、大切なものを失うと人が変わる場合がある。
中には全く別人に変わってしまう人もいる。それがイザベラに訪れないか不安なんだ」
「キアラ、私の精神力を甘く見過ぎじゃない?
大丈夫よ、私は私のままでいられるわ」
そうしてイザベラは首からかけていたペンダントをディアに渡し、ディアはペンダントを調べると言ってからしばらく研究室から出てこなかった。
ディアが研究室に閉じこもっている間、私たちには大きな出来事が起きていた。
ヨーロッパ地方の魔法少女に目をつけられてしまったのだ。
ドイツで魔女狩りをしていた際にイザベラは魔法少女からこう質問された。
「ねぇ、今ここで魔法少女姿を解いてみてちょうだい?」
「必要性を感じないのだけど、どうして?
私を襲う気?」
「まあ当然の反応よね。じゃあソウルジェムをいつもの持ち運べる形に変えてくれない?」
「意味がわからない。おちょくってるだけなら帰らせてもらうわ」
「あなたが魔法少女に化けた何者かじゃないかって、噂になっているのよ」
イザベラは瞳孔が開くぐらいの衝撃を受けてゆっくりと魔法少女の顔を見た。
魔法少女は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「今ここで変身を解いたり、ソウルジェムの形状変化を見せてくれれば当たり前に魔法少女だよねって私は理解できる。
でもここでそんなこともできず怒って逃げ出しちゃったら、魔法少女に化けたやばいやつってみんなに伝えるしかないんだよねぇ」
イザベラは癖である何かやばいことを考えている時の顔になっていた。
私は遠くから静観してるよう言われてきたが、流石に今回は手出しのために現場へ駆け寄って行った。
「あなたを今消せば、誰にも伝わらないわよね?」
イザベラがそう言った瞬間、魔法少女は武器である鞭を取り出してイザベラへ攻撃を行った。
鞭は常識で言う通りの鞭の動きをせず、蛇のように重力を無視してイザベラを追い回した。
イザベラが銃と剣で対抗しても追い払うことができず、鞭の先端がイザベラの心臓を捉えた。
「何してるんだイザベラ!」
私は刀で鞭を打ち払い、魔法少女は攻撃の手を止めた。
「いい従者を連れているのね」
「何故出てきたキアラ!」
「私がいないと死んでただろ!しかも、もう隠す必要もないでしょ」
「そうよ。あなたはもうすでに魔法少女と共闘するには怪しすぎる危険人物として認定されているわ。
何を企んでいるか知らないけど、これ以上魔法少女を危険に晒さないでくれるかしら。
貴方がいると、また大きな争いが起きそうで怖いのよ」
「知ったことか」
「逃げるための時間もあるだろうし、今日は生きて返してあげる。
次に会ったら消すから」
イザベラは何も言わずその場から去ったため、私もイザベラの後をつけるようにその場を去った。
そんなことがあり、私たちは魔法少女の前に姿を晒すことが叶わなくなった。今までのように魔法少女について調査して回ることも、もう出来ないだろう。
そんな出来事があった後、ディアが研究室から飛び出してきた。
「イザベラ、いいものが出来たぞ!早速試してくれ!」
そう言ってディアは怪しげな紫色の液体が入った小さな試験管をイザベラに渡してきた。
イザベラはこれをどうしろと、という顔をしたがディアは飲み物を飲むようなジェスチャーを返してきた。
「この紫色に光るやばい液体を飲めと?」
「そうよ!これを飲んだ貴方の体内から魔力反応が消えたら魔法を打ち消す薬が完成したことになるわ!
あ、貴方の血液で魔力反応を消せたことまではテスト済みだからきっとうまくいくはずよ」
「イザベラ、やめといた方が」
「いいえ、この体から魔力が消えるのであれば好都合よ」
そう言ってイザベラは試験管に入った紫色の液体を一気に飲み干した。
イザベラは試験管を手から離し、床に落ちた試験管は割れてしまった。
そのガラスの破片が散らばる場所にイザベラは膝をつき、体が小刻みに震えて涙を出しながらその場に吐いてしまった。
「イザベラ!」
その後イザベラの体は痙攣を始め、目の瞳孔は開きっぱなしだった。
もうこれは毒を盛られたとしか思えなかった。
私は殺意を込めてディアへ刀を突き立てた。刀の勢いが強すぎたのか、その刀はディア左肩を貫通していた。
「キアラ、やめろ!」
「すごいね…貴方そんな強い殺意を持っていたんだ」
「このままイザベラが死んでみろ!お前も後を追わせてやる!」
「できるかな?」
「2人ともそこまでにしろ!
まずはイザベラの看病が先だ。顔を下にしてあげないと吐いたもので窒息死してしまう」
カルラの冷静な判断を見て私も冷静さを取り戻した。
私達はイザベラをベッドに連れて行って容態が落ちつくまで見守った。
夜になってようやくイザベラが目を覚ました。
「私はいったい。すごく頭が痛い」
私は歓喜した。イザベラが正気に戻ってくれただけで安心した。
「起きた?じゃあ早速血液取らせて?」
「いい加減にしろディア!」
イザベラの体力が戻った後にイザベラは血液検査を受けた。その結果、イザベラの体から魔力は消えていないことがわかった。
しかし紫色の液体に魔力を消す力があるのは本当らしく、イザベラが魔力を込めた物体に紫色の液体をかけるとその物体から魔力反応が消えたという。
「そもそも魔力反応があるかないかなんてイザベラなしでどう判断していたんだ」
「魔力が籠ったイザベラの血液は炎で炙っても固形化しない特徴があると以前伝えたでしょ?
それで判断したのよ」
「それだけでか」
「結局、この紫色の液体は何なのかしら」
「イザベラからもらったペンダントを液状化させて、そこに貴方の血液を混ぜた結果生まれたものよ。
面白いのよこの液体、乾かせば粉末にできるし、ここに鉄分を混ぜればいくらでも培養できるのよ!
量産だって可能よ!」
「なんか本当に魔法みたいな方法だ」
「魔法と似ているかもしれないが、錬金術と呼ばれる方法を参考にしているのさ」
「錬金術?」
「現代では化学と呼ばれるようになったものの原点だ。私たちの生物学は、錬金術を織り交ぜている」
「貴方達、もしかして錬金術師と呼ばれる存在なの?」
「ディアと縁があるのはそういうことだ。
私たちの先祖は錬金術師として縁があった。そして祖先の末端である私たちもほんの少しだがその血を引いている。
少々化学では説明しきれないことも出来てしまうのは許してほしい」
「そうだったのか」
「さあイザベラ、これは貴方が求めていたものに値するかい?」
ディアがそうイザベラに問いかけるとイザベラは笑顔で答えた。
「ええそうよ、想像より効果は薄いけど私が追い求めていたものはこれよ!
魔法を打ち消せるこの物質、名前はアンチマギアと名付けるわ!」
「よし、じゃあこれからこの新物質はアンチマギアだ!」
こういう経緯でこの世界にアンチマギアは誕生した。
そして私達は無断でアンチマギアを織り交ぜた防護服で魔力の霧に覆われた立ち入り禁止区域に潜入した。
防護服は魔力を完全に遮断し、安全に霧の中を探索することができた。
しかし空気の浄化までは出来ないので、酸素ボンベの酸素が切れるまでが探索のリミットではある。
霧の中を歩いていると、私達は祈りを捧げるようなポーズを取った何かの亡骸に辿り着いた。
「何だこれ。銅像でもないけど、もし500年以上ここにある物だとしても原型を保っているなんてことがあるのか」
そして私はある看板を発見した。
そこに記されていたのは見たことがない地名だった。
「バチカン?ここの地名?」
「聞いたことがない。でも、当たり前のようにそこらじゅうにバチカンと一緒に周りの地名が記載されてる」
「キアラ、このバチカンという街は魔法によって歴史から消されたんじゃないかしら」
「そうだとしか思えないけど、どうやって魔法のせいだと証明させる?」
「この霧が答えじゃないの。魔法の霧で隠すような場所、魔法の影響を受けていないわけがないわ」
「アンチマギアがあるからこそ、証明できるってことか」
「それにこの旅で確信したわ。
魔法少女は、人類にとって悪となる存在だということを」
何を根拠に言い出すのかと尋ねる者は多いだろうが、これまでの事例を振り返るとどうだろう。
魔法少女になる時の願い、そして願った後の能力によってこの世界の人間の軌跡はいとも簡単に破壊されてしまうということを目の当たりにしてきた。
“人間の軌跡が存在ごと消される”
インターネットや機械技術、金を使用した物々交換や一般常識がすべてなかったことにされてファンタジーだと思っていたことが当たり前の世界になるかもしれない。
人間の軌跡が消されて悪いことがあるのか?
一部の人物しか幸せになれないこの世の中なんて、消えてしまったほうが好都合だ。そう考える人も少なくはないだろう。
でも何億人もいる人間が浮かべる幸せな世界の事例なんてみんなが納得できる内容になるわけがない。一部の人にとっては他人を傷つけ、もだえ苦しむ無様な姿を見て愉悦に浸ることが幸せ、愉悦感に浸れない世の中は消えてしまった方が都合がいいと考える人がいないとは言えない。
みんなの幸せとは、誰基準で考えた幸せだ?
過去の人間の軌跡を振り返って及第点の幸せを指導者が実現し、なるべく多くの労働者に還元する。それが私の信じる人間社会原理だ。
その「幸せの基準」の決定権を魔法少女という人間社会をまともに知らないであろう存在たちが握っている現状が恐ろしくないのかと。
だから制御してやらないといけないんだ。
魔法少女が幸せになって、人間が不幸になる軌跡が当たり前とならないために。
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