次元縁書ソラノメモリー 1-18 次元改変の末路

「おーい、もしかして中にいるのはカミオカか?」

カミオカと呼ばれる男は回転椅子を声がした方向へ向けた。

「なんだ、とっくにみんなは帰ったぞ」

「また最後の1人になるまで研究所にいたのか。早く帰るようにしないと、カミさんと子ども達が泣くぞ」

「ふん、学院研究所からの依頼物について納期が近いから当然だろ。納期を守れないと家族の今後にも関わるんだ、こっちを優先するに決まってる。

で、お前はなんで戻ってきた」

「そうそう、その依頼物関連でさ。

熱心にやらなくてもいいのに、また1人で馬鹿正直に頑張ってるんだろうって思ってきただけさ」

「お前も他のやつらと同じく平和ボケしたのか?納期を守れないことがどれほど重罪かお前ならわかるだろ?」

「昔は経費削減と首に関わることだったからな、納期の遅延は。
厳格じゃなくなった今でも納期の遅延は研究者にとって恥であることはわかっているさ」

「だったら手伝え。

タービン機構からの脱却なんて無理難題に、ピストン機構の応用とかいう苦しい言い訳を書く知恵を貸せ」

「別に新しい発見じゃないことくらいみんな実感してやってるさ。

磁石とコイルの組み合わせで生まれる電子の動き以外で効率よく電子を制御する方法なんて西方国協会でも見つけられねぇよ」

「愚痴ではなく言い訳を考えてくれないか」

「愚痴じゃなくて助言をしたつもりだが」

その後時間が飛び、カミオカが自宅へ到着したシーンへ変わった。

戸建ての家はまだ内部が明るく、人が動く様子があった。

カミオカが玄関を通ってリビングへ行くと、妻と兄妹がみんな起きていた。

その様子にカミオカは驚いていた。
なぜならこの時間は次の日へ日付が変わってしまう時間帯であったからだ。

「おいおい、みんな揃って夜更かしなんてどうした」

「あなたにすぐに伝えたいニュースがあるからよ」

妻がそう言うと兄のコトアキがカミオカの前で大喜びしながら伝えた。

「父さん!学院研究所の試験に合格したんだ!」

「本当か!それは大ニュースだ!

コトアキが頑張った結果だ。父さんは嬉しいぞ」

学院研究所は通常の筆記試験、論文提出後の合格が必要となり、ここ東陸連合の中でも最難関の就職先とされている。

家族全員はその興奮で寝られなかったようだ。

みんなが笑顔の様子が映し出された後、再び日が飛んでカミオカは自宅でテレビを見ていた。

テレビには西方国協会が新原理でエネルギーを得られることを発表したと報道されていた。

西方国協会はアリザという新人研究員が発見したと報告した。

とあるサンプルの鉱石同士を液状にして混ぜ合わせると、原子同士が周囲の電子を吸収しながら近づき、衝突すると吸収した分の電子を放出しながら離れる。

そして再び原子同士が電子を吸収しながら引き合うという反応を繰り返す。

衝突するまでに必要な電子を初動で供給しなければいけないが、その後は電子の流れが途絶えないという。

サンプルになった鉱石をアリザという研究員がどこから持ち出したのかは極秘とされ、現在は類似する鉱石の採取場所を西方国協会では調査中という。

「とんでもない天才が現れたものだ」

カミオカがそう呑気に呟くと、隣で一緒にテレビを見ていたコトアキが休みだというのに電話で呼び出され、学院研究所へ急いで向かった。

きっと論文が共有されて、サンプルの調査依頼でも出されたのだろうと予想できた。

いつこっちにも依頼が来るのかと休みなのに心が休まらなかった。

再びシーンが飛び、カミオカは研究所の一室で所長と複数院研究員同士で会議をしているシーンになった。

それなりに時間が飛んだのか、最初のシーンに出てきた同僚は40代の見た目になっていた。

「西方国協会だが、学院研究所のリーク情報によると、どうやら技術の独占をするようになったと報告があった」

そう所長が伝えると1人の研究員が発言した。

「そりゃそうでしょうよ。

サンプル鉱石に合致するトロデウト鉱脈が見つかったらそれをどう扱うか情報公開せずにしばらく経たずにどんどん新技術の発表が出ていますから」

「火力発電所の取り壊しを進めてるっていうのも、そういうことでしょう」

最近は技術共有がされない限りトロデウトの持ち出しを西方国協会へ禁止するとか議論もされていたな」

会議室がガヤガヤしだすと所長は大声で話し出した。

「いいかお前たち!これは一大事だ!

西方国協会の新技術は軍事転用が可能なものも多い。

奴らは横暴になっているし戦争も想定しないといかん」

研究員たちは黙ってしまい、しばらく沈黙した後に所長が話し始めた。

「リーク情報と共に学院研究所からこのような依頼が届いた」

そう言って所長は机のど真ん中へ書類を出した。

書類の表紙には目を疑う文字があった。

『ニュートロンの兵器利用 水爆開発』

これを見てカミオカは言葉を発した。

「所長、水爆は我々が実用化目前で凍結されていたもののはずです。

それを再開しろということは、よっぽどなのですか」

「言いたいことはわかる。

東陸連合で扱う兵器は、今では西方国協会へ歯が立たないだろう。

東陸連合が唯一誇れるのはニュートロン技術だけだ。

抑止力で終わればいいが、最悪使うことも考えて実用化させなければいけない」

1人の研究員が頭を抱えながら所長の後に話した。

「俺たちが本領発揮できるのはいいですけどね。分厚い資料ってことはこれまで以上のものを求めてるってことですよね」

「中を見ればわかる。要求値が高いから骨が折れるぞ」

シーンが飛び、研究所の休憩室にあるテレビが映し出された。

そこには西方国協会で謎の失踪事件が増えているという内容が報道されていた。

カミオカの同僚がニュースを見てカミオカへ話しかけた。

「西方国協会、人攫ってやばい実験始めてんじゃないか。あいつら物質転移とかあり得ないことも実現させてたし」

再びシーンが飛び、カミオカは所長たちと共に核のマークをつけたミサイル基地の中にいた。

施設のテレビには「西方国協会が宣戦布告して10日。ニュートロン兵器の使用を意にも介さず進軍続く」というテロップが映っていた。

そしてテレビの目の前にいる軍服を着た人物の手元には、「承認」とハンコが押された資料があった。

「連合会長の許可が出た上でこの結果か。

仕掛けたのは奴らだ。均衡を崩したことを悔いるといい」

そう言って軍服を着た人物は端末の発射コードを打ち込んで赤いボタンを押した。

宇宙から地上を見下ろすシーンへ変わり、東陸連合からだけではなく、西方国協会からもミサイルが放たれていた。

ミサイル同士がぶつかることなく、双方の大陸へ次々とミサイルが直撃していく。

直撃した大地からはキノコ雲が上がり、10個程度のキノコ雲が形成された後に画面が暗くなった。

次に画面へ映ったのは、地上で生き残った人々が白い灰にあたったり吸い込んだりして倒れていく映像だった。

地上は人が住める環境ではなくなった。

地下で生き残ったカミオカは西方国協会の戦争反対派勢力と合流していた。

西方国協会の戦争反対派勢力が作り出したテレポート技術が連携されたことで、地上へ出ずに大陸間を行き来できるようになっていた。

地下はニュートロン兵器が発する放射能を遮断しきれず、地上に浅い層から次々と病気で倒れる人々が出てきた。

カミオカの家族は、皆癌になって死んでしまった。
最近まで生きていたカミオカの息子はカミオカの腕の中で息を引き取った。

「わかってはいた。こうなるだろうとはわかっていたのに・・・」

カミオカは息子を抱きしめて泣き出した。
そんなカミオカの横で西方国協会の研究員が話し出した。

「これでは人類は全滅してしまう。
互いに手を取り、生き延びる術を見出さないか。行方不明となったアリザの残した知識と、君たちのニュートロンの知識があれば救える命もあるだろうさ」

「わかったよ。事態が落ち着くまでは協力してやる」

カミオカ達は西方国協会に残されたアリザの人体実験結果を利用して、なんとか人類を生かす方法を模索するようになった。

死に物狂いになっていた彼らは、戦犯である西方国協会の戦争肯定派を実験台にして放射能に強く、食料をほぼ摂取せずに生きられる細胞を研究した。

人類の9割が死んだ頃、カミオカ達は不死に近い細胞を作り上げ、細胞を移植された人物は体が大きくなり、白い体毛に覆われたイエティと言える見た目になった。

生き残った研究員達は皆変わった体になって歓喜した。

その成果を生き残った人々へ伝えようとしたが。

「バケモノ!」

そうあしらわれてほとんどの人々は細胞の移植を拒んで餓死や癌による死を選んだ。

「なぜだ、なぜ人々は死を選ぶんだ。

こうして生きていられるようになったのに…」

この後カミオカ達はシェルターを出て、永遠とも言える地上の旅へ出て行った。

 

映し出された映像はここで全てが終了した。

「なるほど。

あの世界で回収した場違いな資料自体が次元改変を起こしたわけではなかったか」

ソラはそう言って持ち帰ってきた資料を眺めた。

「一緒にあった日記は、世界の終わりが確定した後に次元改変へ巻き込まれた人のものだったと。

ブリンクもあの世界へ飛ばされていたし、他にもあの世界へ飛ばされて果てた人がいそう」

つづりさんがそう言うと、ソラは脳みそを見ながら話した。

「そこまではこの脳みそでは把握できない。

ただ、あの世界で次元改変を発生させた主犯はアリザという人物だろう。

アリザという名前が出てから突然技術が異次元に進化した。アリザはあの世界の住人ではない可能性が高い」

アルはソラが持つ資料を見ながら話した。

「場違いな資料ってやつ、それがどうやってあの世界にやってきたかも気になるけど」

「その資料なんだけどさ、ソラさんには伝えたけど異世界の縁と繋がっているみたいなんだ。

2本の縁が見えるし、追っていけばその資料をばら撒いた犯人に辿り着けるかもしれない

そう話したつづりさんへカナデさんがこう言った。

「主犯捕まえたところで、起きた次元改変はどうしようもないでしょ」

「だからこそ止めないと。
次元改変の末路は、あの世界のような終わりを迎えることだろうからね」

ソラがそう言いながら映写機に触れると、光って映写機の上に本が誕生した。

その本を手に取ってソラはカナデさんへ答えた。

「広がりすぎてファミニアがいよいよ次元改変に巻き込まれるなんてことがないよう、主犯を見つけて広がる波紋を抑えることくらいはできるだろうね。

その道中で修復方法が判明するかもしれないし」

ソラが持っていた本はしばらくして青い光の粒になり、空がいつも持ち歩いている本へ吸収されて行った。

「こうして消える世界の情報も、少しは残せるといいけど」

「やれやれ。別世界を記録するだけになると思ったら、ファミニアを救うなんていうデカいことをはじめることになるとはね。

いつものように付きあうけどさ、この脳みそはどうするの。この世界のものじゃないから消えないでしょ」

「脳みそは肥料にできるか持ちかけて、干渉液は下水に流すでいいよ」

「え、その危なそうな液体を下水に流すの?!」

ブリンクはそう言いながら驚いた。

そんなブリンクへアルが答えた。

この世界の下水は存在自体を削除する。他の世界みたいに海へ垂れ流しなんてことはないよ」

「そ、そうなんだ」

脳みそを嫌な顔をしながら見ていたカナデさんはその顔のままソラへ話した。

「それで、その資料の縁を早速追うの?すでに手を出してる次元を増やしてんのにさ」

「一カ所はすぐに調べておきたいんだよね。あの一カ所だけで全てが繋がるかもだし」

すでに次元改変は連鎖的に発生し続けている。知らないだけですでに終わってしまった世界が他にもあるかもしれない。

ぼくたちに今からでもできることはあるのだろうか。

 

終わった世界 完

 

 

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