次元縁書ソラノメモリー 1-17 錬金術との再会

「早急に対処しなければいけない緊急事態は回避された。

となれば、次にやることは干渉液を使って例の生物の脳からあの終わった世界の情報を覗くことだ」

ソラが食事中に今後のことを話し始めた。

色々あったのに、周りのみんなは何もなかったかのように食事をしていた。

その脳みそは昨晩中に干渉液へ浸していつでも覗ける状態にしてあるし、記録できるようにもしておいたよ」

「え、そうなの?!」

「流石だね、アルは仕事が早い。

んで、驚いたカナデは何かあったのかな?」

「えっと、音の出力ができるようになるまで、待って欲しいかなって」

「カナデしっかりしてよね、音声がなかったら大事な情報が手に入れられないかもしれないじゃない」

私は他の世界の音声データを抜き出すっていう別作業があったんだよ!つづりんもタスクが重なったこの苦労わかれ!」

「はいはいわかってるよ」

「ほんとにわっかってんのか」

こんなやり取りもいつものこと。つづりさんはしっかりカナデさんの苦労は知っている。
つまりただ冗談を言い合っているだけ。

「まあまあ。少し時間が必要なら、ブリンクは自分にできることを試しに外へ出ていればいいと思うよ

「ブリンクにしかできないこと?」

「もう、イメージは頭に浮かんでいるはずだよね?」

ブリンクはソラの言いたいことがわかっているかのようにうなづいた。ぼくにはさっぱりわからなかった。

カナデさんの準備が終わるまで、ぼくはブリンクと一緒にシチィケムの河原へと来ていた。

シチィケムまではハルーで移動したためブリンクにしか出来ないことについて聞く時間がなかった。

だから河原へ着いて一呼吸置いた後に僕はブリンクへ質問した。

「ブリンク、そろそろブリンクにしかできないことについて教えてくれない?」

「ちょっと待ってて」

そう言ってブリンクは細長い草を何本かむしり取り、それらを折り合わせてトンボのようなものを作り上げた。

それを地面に置き、ブリンクがチョンと人差し指でその作り上げたものを触ると、少しだけその置物は黄色に光った。

そのあと、草でできたトンボは生きているかのように飛び上がった。

「すごい、作ったものが動いた。

ブリンクが使える能力って、作ったものを動かせる力なの?」

「少し違うよ。

私がやったのは、あの作り物に命を分けてあげただけ。今回は作り物に命を分けたけど、無機物なものにも同じことができるんだ」

「命を分け与える?

あまり穏やかではないね」

「あら?どうしてそう思うの?」

「命を分け与えるなんて、自分の命を削って能力を使っているみたいじゃない」

「実は能力、とは少し違う。

これは私が元いた世界で生まれた時から使えた唯一の錬金術。お母さんには、生命錬金って言われてたっけ」

「命を分け与えるのが錬金術?」

「錬金術は、無から有を生み出すことができない等価交換の術。

その原則の通り、私は自らの命の一部を変換して、命なきものへ命を与えられる。

与えられた者は自由に行動できるけど、私がその生物に取り憑いて、その生物の目線から観察が行えたり、アクションを起こすことができる。

悪い言い方に変えると、傀儡化ね」

「そんなことしたら、いつかブリンクの生命力がゼロになっちゃうんじゃ」

「そこは気にする必要がない」

そういうと、話している間ずっと旋回運動をしていた草のトンボがブリンクの右手のひらに降り立った。

そのあと、草のトンボは淡い赤い光を放って力なくただの草の塊になった。

「与えたものを返してもらうこともできる。

やろうと思えば奪うことだって、できちゃう」

「使い方によっては物騒なこともできるのか。やろうと思えばこの世界の人の命も奪えるってこと?」

「それは相手次第かな。少なくとも、この世界ではやらないよ」

相手次第か。早速第一犠牲者になる候補が一人思い浮かぶけど。

そう思いながら疑問に思っていたことを口に出した。

「でも、何でいまになってその錬金術を使えるようになったの?

魂のありかが変わったせい?」

「そのおかげかも。

実は私の錬金術は使いたくても元々いた世界では使えなかったの」

「世界の、概念が邪魔していたとか?」

「そうなのかな。

元いた世界で生命錬金をしようとしても、何かに阻まれるかのように邪魔されてまったくうまくいかなかった。

私は唯一無二の錬金術が使えないうえに、一般的な錬金術はからっきしだった。

そんな私を見て、お母さんをよく知る人からは可哀想な子ってよく言われていた」

「ちょっと待って、それ話してて辛い話だよね。無理して話さなくても」

「聞いてほしいから話しているの。最後まで聞き届けてくれる?」

急に昔話をしはじめた意図はわからない。

でも、聞かないという選択肢もなかった。好奇心とかではなく、聞き届けることでブリンクの気持ちが楽になるのならと、そういう考えだった。

「いいよ。聞いた話を全部受け止めてあげる」

「ありがと」

ブリンクは手のひらに乗った草を川に流して話を続けた。

「元いた世界では錬金術の鬼才と呼ばれていたお母さんは、私の使えない錬金術の存在をすぐに理解し、とても興奮していた。

私を慰めようともせず、生命錬金の可能性を私へ伝えるのに夢中だった。

その時の私はただ、傷ついた心を癒して欲しかった。

私は望んだことをしてくれない”母親”に大っ嫌いと一言吐き捨てて家を出たの。

私は丸一日家にも、学校にも行かなかった。
橋の下で寝転がって、このままどうしようかなって不貞腐れていた。

家出した次の日の夕方、私の”母親”は涙目で私の前に現れたの。

そして私の前で膝をついて私を抱きしめたの。

抱きしめられた瞬間、お母さんの体は冷え切っていて温もりなんてなかった。

でも

ごめんね、心が理解できなくて。辛かったでしょう?わかってあげられなかった、バカなお母さんでごめんね。

そんな言葉を聞いた時、何故か私には温もりを感じ取れたの。

その日からお母さんは私を出来損ない扱いする人には厳しく当たるようになった。

そして私が不愉快な思いをしないようにと、錬金術とは無縁の学校へ変えてくれた。

錬金術とは無縁の学校へ転校したことを機会に、私は錬金術とは縁を切った。

後からお父さんから聞いたんだけど、お母さんが考えを改めたのはお父さんがお母さんをきつく叱ったかららしい。
怖いもの知らずのお母さんでも、お父さんには逆らえないっていうのは知ってた。でもなんでかは二人とも教えてくれなかった。

転校してしばらくした後、急にあの真っ白な世界に飛ばされて、そしてソラさんたちに助けられた。
まさかこの世界でこの錬金術と再会を果たすなんて思いもよらなかった。

できれば、錬金術を使える私をお母さんとお父さんに見せてあげたかったなぁ」

ブリンクはボクに顔を合わせないよう、ボクの前に立った。

「つまらない話でしょ?全部、私のわがままなんだから」

ボクは首を横に振った。

「つまらないわけがない。大事な話だよ。

使えるはずの力が使えないのに、ブリンクはよく頑張ったよ!」

「そう…そう思ってくれるの」

ブリンクはそう言って、ボクの胸に顔を埋めた。

「ちょ、ちょっと?!」

「少しの間だけこうさせて。この方が、落ち着くの」

ボクは察してそのままブリンクを抱きしめた。

ブリンクはそのまま静かに泣いていた。
泣き顔が見られたくない人なんて、沢山いる。それくらいわかる。

それからしばらくブリンクはボクの胸に顔を埋めたままだった。男でもこういう役割はありなのかなと、ふと思ってしまった。

周りはぼくたちに関係なく動き続けていて、そよ風が草を揺らしていた。

「ありがとう、もう大丈夫だから」

「ブリンク、きっと君の錬金術は多くの人の役に立つと思うよ」

「えへへ、そうだといいな」

「そろそろカナデさんの準備も終わってるだろうし、家に戻ろうか」

「うん」

そこから手を繋いで帰るなんてこともなく、2人は横に並んで帰路へとついた。

家へ到着してドアを開くとなぜか部屋の中が暗かった。

足元に気をつけながらリビングに入ると映写機を囲んでカナデさん、つづりさん、そしてソラがいた。

「おーおかえり。準備はもうできているよ」

「なんで家の中全体で真っ暗なの」

「ん?何か問題ある?」

いつもは水晶に映す程度なのに、今日は映画の気分だったのかな?

「いやさ…、まあいいや。映写機ってことはもう覗く準備ができたってことだよね」

「そうそう、今回は見る人が多めだし少し映画を見る時風な感じにしてみたよ」

やっぱり映画な気分だったか。

干渉液に浸かった脳みそから伸びるコードは小さな画面から映写機へ接続されていて、音声用のコードはオーディオコンポと接続されている。

「ほらほら、ブリンクはこっちの席に座って」

「えっと、はい」

ブリンクはつづりさんの誘いを受けて映像を見るために用意された長いソファーへと座った。

ぼくは映写機横の席へカナデさんと並ぶように座った。

映写機で見られる映像には一般的な日常のようななんの変哲もない情景が長時間続くことがよくある。

そんな中でも世界を知る際に必要な情報を見るために記憶の早送り、または巻き戻しを行うことがよくある。

その操作をぼくがいつも行っている。情報の取捨選択についてはソラが判断している。

「それじゃあ、再生するよ」

映写機が動き出して壁には脳みその記憶が映し出された。

 

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