【原神(genshin impact)】神の目 それは一方的に押し付けられる「神の監視対象にされた」証

原神の世界を調べるうえで欠かせない存在が、神の目です。

この記事が作成された段階でテイワットにある3つの国を訪れる状態となり、3人の七神に神の目をどう思っているのかを聞き出せる状態となりました。

今回はこの記事は、稲妻解放時までの間に手に入る情報と神の目を手に入れた原因で調査した結果を踏まえ、「神の目は何のために存在するのか」に重点を置いて考察していきたいと思います。

 

テイワットでの神の目に対する一般認識

“神から認められた者に与えられる外付けの魔力器官とされています。人間の身で元素力を扱えるのは神の目を持っているからこそできることであり、元素力を感知できるようにもなります。
神の目を与えられた者は神になる資格を持っていると同意義であり、その者たちを「原神」と呼びます。”

“神の目は強い願いを持った者に稀に現れる神からの祝福”

“神の目を持つ者は元素力を扱えるため、兵隊として、研究者として優遇されやすくなる”

一般人にはそんな感じに認識されている神の目、一体それにはどんな真実が隠れているのか見ていきます。

 

・そもそも神の目は誰が与えている?・

神の目は神が与えるものという認識ではありますが、では具体的に「神」とは誰を指すのでしょうか。

答えを先に言うと、テイワット全体の管理者である「天理」です。
テイワットには全体を管理する天理と7元素にあやかって選ばれた神に代わって人々を管理する「七神」がいます。
人によっては七神が人々に神の目を与えていると考える人がいるようですが、その認識は間違いです。七神はどちらかというと神の目に無関心な存在がほとんどです。

風神バルバトス(ウェンティ)に関しては神の目を自分用に用意するのではなく、模造品で神の目もないのに元素力を使えることを怪しまれないようにしている始末です。
神から与えられた自由は果たして自由と呼べるのかと考えるくらいですから、一方的に何かを押し付けるといった行為はしないでしょう。

岩神モラクス(鍾離)はそもそも契約を重んじます。もし鍾離が神の目を人に与える役割を持つならば、人へ一方的に神の目を与えるなんて行為は決してしないでしょう。
一方的に何かを相手に与え、一方的に代償として何かを奪うのはもはやそれは契約でも何でもありません。

雷神バアルゼブル(雷電影)は、はっきりと神の目を授けるのは自分の意志ではないと言い切っています。

ここまでの七神の特徴や直接聞いた意見を踏まえるだけでも、神の目は七神が与えているものではないとわかります。

神の目は、天理が人に与えているものなのです。

 

 

・神の目はどんな人物に与えられているのか・

神の目は誰もが手に入れられるものではありません。
とはいえ、神の目を持つ人物はそれなりに多く、神の目を得た人物たちにはある程度共通点があります。

1. 何かを強く願った

神の目を得た原因の一つとして、神の目を得る直前に何かを強く願っていたという人物が多いです。
フィッシュルのように「夢から覚めたくない」と強く願った者、
七七のように死にたくないと強く願った者、
レザーのように「ルピカを守れるほどの、目の前の敵へ復讐できる力が欲しい」と力を願う者
と、願う内容も手に入れる元素の種類も様々ですが天理が願いにこたえて人へ神の目を与える機会があります。
もちろん神の目を得た後は願いが叶っていて、さらには元素力も行使できるようになって神の目を与えられたことはいいことしかありません。

 

2. 何かに熱心に取り組んでいた

神の目を得た原因として、何かを頑張っていた人にいきなり神の目が現れたという事例があります。実はこの事例が神の目を得た原因として多いです。

クレーのように爆弾に対する強い執着を持つ者、
モナのように占星術に熱心に取り組む者、
香菱のように料理に情熱を燃やす者、
綾華のように立派な人物となるために稽古に励む者、

という感じに何かに情熱を注ぐ者に対して天理が一方的に神の目を与えてくるのですが、実はこの熱心に取り組んでいた人々は別に神の目があろうとなかろうと、将来は他人に認められるような人物になっていたのではという場合が多いです。

この神の目の与え方は、天理がその人物に「目を付けるほどの監視対象である」と認めたの証ではないかと思います。
天理は人が神に頼らず生きていく未来をあまり快く思っていない節があります。ならば神に頼らず他人から大きな評価を受けてしまいそうな人物はあえて目をつけ、神に歯向かう要因を消してしまおうという狙いがあるのではないでしょうか。

 

3. 何か大切なものに気付いた瞬間

実例は少ないですが、何かに取り組む際に何か悟りのような境地に至って真実に気付いた人物に対して神の目が与えられる場合があります。

アンバーのように、叔父のような偵察騎士ではなく自分らしい偵察騎士になるべきだと気づいた時、
エウルアのように、自分らしい復讐の道を見出した時、
万葉のように、自分らしい生き方を見出した時、

というように自ら大事なものに気付いた時になぜか神の目を与えています。
何かに熱心に取り組んでいた時同様に、この事例も天理が目を付けた証拠として神の目を与えたと考えられます。

 

・神の目を得たことで代償はあるのか・

神の目を得ることでいいことばかりのように見えますが、果たしてその副作用として代償はあるのか。

まず神の目が破壊されるようなことがあるかですが、神の目を破壊されることはほぼないでしょう。
神の目耐久テストを行った第一人者の刻晴の場合は、鍋で煮たり、砕こうとしたりしたそうですが神の目は無事だったようです。
無意識に神の目耐久テストをしていた宵宮は神の目と気づくまで火打石として使っていたようですが、神の目は無事でした。
なので、神の目が破壊されるということはほぼほぼないでしょう。

そんな神の目、煙緋が自分の神の目と等価値のものを探した機会があり、同じ価値になったのは山積みのモラではなく大事にしている法典等が入った箱でした。

これが何を意味しているのかというと、神の目は与えられた人物にとって大切なものと等しい存在になってしまっているということです。神の目は、神の目を持つ者の全てだと言ってもいいでしょう。

では神の目所有者が神の目を失ってしまったらどうなってしまうのか。

それは目狩り令が行われていた稲妻でのストーリーを進めたらわかりますが、自分にとって大切なもの、抱いていた強い願いが失われます。
なぜこのような現象が起きてしまうかというと、神の目自体が「その人の大切なものを内包したもの」となってしまっているからです。

神の目を取り上げられた人々は皆、大事なものを失った状態で生活していました。それは他人が何を大切にしていたのかを教えても本人が納得しないほど重症なものでした。
そんな人々に神の目が戻ってくると、あっさりと自分にとって大切なものを思い出しました。

なぜこのようなことが起きるのかというと、神の目が勝手に出現したものではなく、天理が勝手に「その人の大切なもの」を「手に取れる形に変換した」ということになります。
もしこれが真実だとすると、某アニメの白いやつよりも悪質です。

神の目を得た原因について振り返りましょう。神の目は天理がその人に「目を付けるほどの監視対象である」証ではないかという疑いが浮かびました。
その監視対象が神に歯向かうようなことがあれば、天理は神の目を取り上げるでしょう。
天理に歯向かおうとしていた人は、神の目を取り上げられたことで自分の大事なものを一瞬で失い、天理へ歯向かう意欲も失うでしょう。
このように、神の目を作成する際にその人物にとって大切なものを触媒にすることで天理に歯向かえないようにしているのです。

神の目を得る代償、それは天理の意向によっていつでも自分にとって大事なものが簡単に失われる状態になってしまったことです。

 

ここまでの内容は、推測が多いです。何しろまだ七神の半分にも会えていません。
七神全員に合うまで真相が語られないか、またはその前に真相が告げられるのか。

全てが判明した後に、再び考察を行うかもしれません。
ここに書かれた内容は、現時点でそんな可能性がある程度で見てもらえればと思います。

 

 

まとめ

神の目とは、神が監視対象として認めた人物に与えられるものであり、その人物にとって大切なものが手に取れる形となったものである。

 

 

あなたはこんな神の目を「祝福」と思えますか?