次元縁書ソラノメモリー 1-9 この世界にとって、今や死は救済。生きる者に、救済を!

この世界では死の灰が降っています。死の灰とはこの世界に忽然と現れた人を一瞬で液状化させる恐ろしい物質。

そんな死の灰をかぶっても、飲まず食わずでも平気な生物がこの世界には存在していました。

元は人である大男たちは自分たちは不死の存在であると考え、今まで行動してきました。

しかし、私がこの世界のことを知りたいと言ったばかりに彼らのリーダーは気づいてしまったのです。

脳みそさえ無くなれば死ぬことができると。

灰がしんしんと降る中、大男のリーダーは他の大男へ何かを伝えていました。その内容は意図的なのか私たちには伝わってきません。

そんな中、つづりんは大男たちに気づかれないようすぐに行動できる態勢をとっていました。

「えっと、つづり、さん何をして」

ブリンクがつづりんへ小声で話しかけます。はじめて名前で呼んでくれたんじゃないかな?

「つづりでいいよ。あのリーダー、何かやばいことに気づいたみたいだからさ」

「え、何に気づいて」

いきなり大男たちの方で肉が潰れるような音がしました。

大男のリーダーがメンバーの頭蓋を砕き、次々と脳みそを潰しはじめていたのです。

「やりやがった!」

つづりんはすぐに槍を取り出し、隣のビルへ転送準備を始めます。

「ブリンク、こっち!」

私は動きが止まっていたブリンクの手を引いてつづりんの側まで行きました。

その頃には立っている大男はリーダーしかおらず、血で赤くなった彼の顔はこちらを見ていました。

大男はこちらへ走ってきて熊のような手を振りかぶります。

それと同時に私たちの周囲が黄緑色の光で包まれました。つづりんの転送が間に合ったのです。

振りかぶる前に隣のビルへ転送されたため無事でしたが間一髪でした。

「危なかった」

「まだ!走ってビルの上へ!」

ブリンクは安堵した様子でしたが私は二人へビルを登るよう伝えました。

大男は私たちの気配だけで居場所を特定していました。私たちがきた方向を認識できるならば、見つかるのは時間の問題です。

別のビルへとさらに移動することも考えましたが、実はあまりでたらめに動き回りたくはありませんでした。

何も考えず動き回ると、きっと向こう側で特定が難しくなるだろうから。

私たちはとにかくビルを登りました。

登ったところで何かできるわけでもないけど、今は距離を稼ぐことしかできませんでした。抵抗したところで、無傷の保証はありません。

ビルを駆け上っている間、私はひたすらブリンクの手を握っていました。
その手は温かく、何よりも湿っぽかったのです。

ただの代謝による汗なのか、危機的状況に対面してしまって冷や汗が出ているのかどちらにせよ、私たちの世界ではこんな感覚を味わうことなんてないのでなかなか新鮮でした。

ビルを駆け上っていると、髪飾りから雑音混じりではありましたが、アルの声が聞こえてきました。

どうやら向こう側とこちら側のつながりが復旧できたみたいです。さすがだね。

「ソラ、つづりさん聞こえる?聞こえるなら返事をして!」

「アル!帰還準備を整えて。人数は3人!」

「え、なんか人数おかしくない?!」

「とにかく急いで!」

「ちょっと、ソラさん誰に話してるの?!」

「ソラさん!あいつがこのビルを駆け上がりはじめたよ!」

「一斉に喋るな!特定できないぞ!」

カナの強烈なツッコミでみんな一時的に黙ります。

「特定作業!ソラさん!」

「ほい!」

「つづりん!」

「あい!」

「謎の一名くん!」

「えっと、はい!」

「あいわかった。座標特定行うからそっちでも準備してよね!」

向こうへの帰還見込みが立ったところで私たちはビルの最上階から2つほど下の階の奥で待機しました。

「な、なんだったのさっきのは」

息を切らしながらブリンクが聞いてきます。

「あれは私たちの世界でサポートしてくれる仲間だよ。今まで通信ができなかったんだけど助かったよ」

「いや、それもそうだけどさっきの返事は意味あるの?」

「座標特定のために映像と音を使用するんだけど、今回は音に頼ったからああなったんだよ」

「よ、よくわからない」

激しい動きを行うことで酸素の供給が追い付かなくなり、体が酸素を欲するが故に起こる過度な呼吸困難。

ブリンクはぜえぜえと一生懸命酸素を吸い込んでいるけれど、それに対して私とつづりんはそんな状態にはなっていません。

これはただの身体能力の違いというだけではなく、元いた世界で縛られていた概念による肉体の制限。

「何なのさあいつ、私たちに脳みそ突き付けてきたかと思ったら襲い掛かってくるだなんて」

「ブリンクは、初めて人を撃ち殺した後、次の人を殺すことに何か感じた?」

「え、いきなり何を」

私はただブリンクを見つめていました。ただ、答えだけを知りたかったから。

ブリンクはしばらく私の目をそらし、一呼吸おいてから話しはじめました。

「初めて人を殺したときは、後悔と、吐き気に襲われてまともに行動できなかった。でも、次に人を殺したときは変に冷静でいられたよ、必死だったってこともあったかもしれないけど」

「あの大男は、殺すという行為を知ってしまったんだよ。それで、永遠に感じると思った生き地獄から解放されるという事実を知ってしまったんだよ」

ブリンクと話している間につづりんは現時点の座標と転送先の座標をつなぐために集中していました。

「じゃあ、あいつが襲ってきた理由って」

ブリンクが話している途中で下から何かを壊す轟音が響いてきました。

下から階段を上がってくる轟音は大男のリーダーでしょう。気配を感じて追ってきたらしい。

ブリンクは息を整えると、持っていた拳銃の安全装置を切り替えていつでも使えるよう準備をしていました。

「だいぶ頑張って登ったはずなんだけどな」

私がそう呟いた頃には大男が部屋の入り口付近に姿を現しました。

大男の体の前半分は返り血で真っ赤に染まっていました。大男は真っ赤な足跡をつけながらゆっくりと部屋の中に入ってきます。

「2人とも、わたしにつかまって」

つづりんの囁きを聞き、私とブリンクはつづりんの服をつかみます。

大男は部屋から少し入ったところで立ち止まっていました。

「なんで私たちまで追いかけるの?!」

ブリンクの力強い問いかけに対して大男はしばらく黙り、震える口を不器用に動かしながら答えます。

「この世界にとって、今や死は救済。生きる者に、救済を!」

雄叫びをあげて大男はこちらへ向かってきました。

つづりんは準備ができた様子がない。

これ結構やばい状況では?

するとブリンクがとっさに大男の後ろ側へ拳銃を力強く投げました

地面に叩きつけられた銃は暴発して階段側で大きな破裂音を放ちます。

この音に反応してか大男は動きを止めて後ろを向きました。

「よし!」

つづりんがそう叫んだ頃には私たちは不干渉次元の中にいました。

不干渉次元では時々糸の繋がる先が変わったりある世界が消滅してその波動が伝わってきたりと不安定な状況となっていました。

今まで規則的な動きをしていた不干渉次元でしたが、いま目に入る光景はいろんな糸が繋がっては千切れ、眩く光ったかと思ったらはじけてしまう光。

飛び交う光は時々ぶつかってははじけ飛んだり、貫いたり。

秩序ある空間が、混沌とした空間へと変わってしまっていたのです。

この状態を放っておけばいずれはすべての次元がめちゃくちゃとなり、概念なんて存在しない虚無のような空間へと変わってしまうことでしょう。

問題は山積みですが、私たちは十分につかれていました。

そんな不干渉次元中で私たちはただ、疲れた顔をしながらファミニアへと戻ったのです。

 

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